2017年01月13日

「ビジネスエリートの新論語」  福田定一(司馬遼太郎)・著

こんな痛快な本は久しぶりに読んだ。駅のホームで、電車の中で、そして昼休み中、何度クスッと笑い、時にアハハと声を上げたことか。「あの司馬さんがこんな文章を書いていたなんて」。驚きとともに大いに笑い、そして感じ入った。

本書は、故・司馬遼太郎さんが産経新聞の記者時代、本名の「福田定一」名で昭和30年に刊行した「名言随筆サラリーマン ユーモア新論語」をベースにしている。読み始めてまず驚いたのは、その文章の軽妙洒脱さである。のちに「国盗り物語」「竜馬がゆく」「坂の上の雲」といった壮大かつ重厚な歴史小説を著した人と同一人物とはとても思えない、やや毒舌を含んだ、フットワークの軽い文章。それでいて深い歴史知識や鋭い社会分析に基づいているので、その内容はズバリ本質を突いており、ズシリと重みがある。つまり「重厚なテーマを軽妙な文章で綴る」という高度な技法を駆使した名文であり、読者はクスクス笑いながら、テーマの本質がズンと重心に染み入ってくるのだ。


名文ぞろいの本書だが、その中から特に私が感じ入った箇所を、ごく一部だがここにご紹介しよう。30代前半の司馬さんのウィットをご堪能あれ。


≪ 人の一生は重き荷を負ふて遠き道を行くが如し。急ぐべからず。不自由を常と思へば不足なく、心に望みおこらば困窮したる時を思ひ出すべし。

堪忍は無事長久の基。怒は敵と思へ。勝つ事ばかりを知って負くる事を知らざれば、害その身に至る。

おのれを責めて人を責むるな。
及ばざるは、過ぎたるより優れり。    <徳川家康遺訓>



 どうやらこれでみると、よきサラリーマンとは、家康型であるらしい。そのまま過不足なくこれは完ぺきなサラリーマン訓である。
 戦国の三傑をみると、まず秀吉はサラリーマンにとってほとんど参考にすべき点がない。彼はいわば、身、貧より起しての立志美談型なのだ。(中略)
 信長が経た人生のスタイルも、サラリーマンには有縁なものではない。いわば彼は社長の御曹司なのだ。(中略)
 となると、家康である。(中略)下級サラリーマンの味こそ知らないが、それに似た体験をふんだんに持つ苦労人である。(中略)しかも天下の制覇ののちは、武士を戦士から事務官に本質転移させ三百年の太平を開いたいわばサラリーマンの生みの親みたいな人物だ。(中略)
まずはサラリーマンの英雄なら、家康あたりを奉っとくほうがご利益はあろう。≫


言われてみれば「なるほど」だが、戦国の三傑をサラリーマンと照らし合わせて考えるなど、なかなか思いつかない発想である。若き日の司馬さんの「ヤワラカ頭」ぶりがうかがえる。


≪たいていの会社の人事課長は「新入社員の情熱は永くて五年」とみている。それどころか「入社早々何の情熱も用意していない者が多い」(S肥料人事課長)「戦前なら、入社後二年というものは仕事を覚えるのに夢中ですごすものだが、近ごろの若い人は、ただ八時間という労働時間と初任給の多寡をにらみあわせただけの労働量しか提供しない」(K産業庶務課長)といった評すらある。(中略)
 国運の隆盛期のころのサラリーマンと現在のそれとには、著しい気質の相違があることはたしかなようだ。一般に仕事への情熱は、前時代にくらべて、悲しいが早老の気味がある。


近年の若者は保守的になっているというニュースをそちこちで目にも耳にもする(もっともこれは日本だけのことではないらしいが)。この現象は「失われた20年」を経た現代日本のことであり、これに対してかつての高度成長時代の若者たちは、希望に燃えてバリバリ働いていたんだろうと思っていた。ところが敗戦からわずか10年後に書かれたこのエッセイによると、すでにこのころから若いサラリーマンたちは「早老の気味」を見せていたというのだ。これは驚きだった。しかし戦後の日本があれだけの発展をしてきたということは、会社の上役たちがこの「早老の気味」の若手をひっぱたいて、無理やりにでも働かせてきたということか。思えば私も、かつてはけっこうひっぱたかれたなあ。


≪ 人生はいつまでも学校の討論会ではない。 <D. カーネギー>

 議論ずきというのは、サラリーマン稼業にとって一種の悪徳である。本人は知的体操でもやっているつもりかもしれないが、勝ったところで相手に劣敗感を与え、好意を失うのがせいぜいの収穫というものなのだ。
 まだしも話柄が火星ニ生物ガ棲息スルヤ、恋愛ハ結婚ヲ前提トスベキヤイナヤ、などと科学評論や人物評論をやっているあいだは可愛い。が、次第に議論に快感をおぼえて同僚や上役を俎上にのぼせ、大いに人物評論家としての才能を発揮したりするようになると事が面倒になる。
 カーネギーにいわせると、営業部員の論客ほどヤクザなものはないそうだ。


司馬さんの「竜馬がゆく」に、坂本龍馬も「議論は無意味だ」と考えていた旨の記述がある。理由は上記と同じで、議論で相手を一時やりこめても、相手は結局納得しないし、自分に対して恨みや不快感を抱くことになるからだ。会社の会議のような、1つの結論を出さねばならない時は議論もやむを得ないが、そうでない時は、議論ではなく意見交換にとどめるべきだろう。そうすれば自分にはない視点や考え方を知ることができ、自分の視野が広まるとともに、新たな仲間との交流も生まれる。「議論は対立や軋轢を生み、意見交換は広がりと交流を生む」。どちらがいいかは言うまでもないだろう。


知の巨人」と呼ばれた司馬遼太郎さん。30代の前半に著された本書には、その片鱗が早くもふんだんに表れている。すでに深遠な知の世界を構築していた司馬さんは、その後もその世界をさらに広く、高く、深く造り上げていった。司馬夫人・福田みどりさんがご主人の没後、「普通、人って歳を取るとものを考えなくなりますよね。考える気力もなくなる。司馬さんの場合逆なのね。だから魂がどんどん若くなっていったみたいと述懐されたが、この「魂がどんどん若くなる」原動力は、司馬さんの飽くなき知的貪欲さ、知的好奇心だったのだろう。


「知的貪欲さで魂がどんどん若くなる」これは私の理想の人生だ。とても司馬さんレベルにはなれないが、司馬さんを最高のメンターとして頭上に掲げ、生きていきたい。

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2017年01月11日

イーブンボールの激しい争奪戦:ラグビーの醍醐味を堪能! 〜全国高校・大学ラグビー決勝〜

7日(高校決勝:東福岡VS東海大仰星)・9日(大学決勝:帝京VS東海)の2試合は、ラグビーの醍醐味を心ゆくまで堪能させてもらった。それぞれのカテゴリーでのライバル同士、互いへのリスペクトを抱きながらの頂上決戦。「すばらしい試合を、感嘆して見つめるだけ」。こんな感慨を味あわせてくれた両チームに、ただただ感謝だ。


【 高校決勝 】

春の選抜・夏のセブンスと併せて3冠がかかる東福岡、連覇を狙う東海大仰星。これが4大会連続8度目の対戦で、これまで東海大仰星の4勝3敗。このうち6度は勝った方がその大会で優勝している。まさに宿命のライバルである。

細かい試合経過はここには記すまい(結果:東福岡28−21東海大仰星)この試合のすばらしさを簡潔な文章で表してくれた、毎日新聞の谷口拓未記者の記事を抜粋してここに引用する。


「地を揺らすような歓声が起こり、記者席でも感嘆の声が上がるほどだった。高校ラグビー界の最高峰でのライバル対決だった」

「球際で激しくぶつかり、終盤まで足を止めなかった両チームの発奮を見れば、特別な間柄とよく分かった」

「特別な場所で何度も戦ってきた思い入れがある」(東海大仰星・湯浅大智監督)

「仰星は特別だ。選手が最もリスペクトしている」(東福岡・藤田雄一郎監督)

「培った力、誇りや意地。全てをぶつけられる相手を目標に高め合い、成長してきた」

「ライバル対決はスポーツの華だ。ファンに訴えかけるものがあり、人気拡大にもつながる。歴史を紡ぐような激しいつばぜり合いに、これからも期待したい」



【 大学決勝 】

帝京の8連覇がかかった、2年連続同カードの頂上決戦。もし達成すれば、カテゴリーは違うが、新日鉄釜石と神戸製鋼の日本選手権7連覇を超える偉業である。

ここも、細かい試合経過は記すまい(結果:帝京33−26東海)。FWの圧力で押し込む東海、SO松田の効果的なキックを生かしたスピードと展開力の帝京。東海が先行して帝京が追いつく展開だったが、後半になると東海が消耗して出足が鈍り、帝京の連続トライに突き放された。それでも1トライを返して7点差に迫り、さらに帝京陣深く攻め込んだが、ボールがこぼれて蹴り出され、ここでノーサイド。帝京の前人未到の8連覇がついに成った。


高校・大学とも、スピーディーで激しい攻防が展開される、見応えたっぷりの決勝戦だった。特に目を見張ったのは、イーブンボールの争奪戦。タックルを受けた選手のサポートと、ボールを奪おうとする相手との激しいせめぎ合い。タックルを受けてダウンボールする際の姿勢が少しでも悪かったり、サポートがわずかに遅れると、相手の厳しい突っ込みでボールを奪われる(ターンオーバー)。このイーブンボールへの仕掛けが両チームとも非常に鋭く、一瞬のうちに攻守が入れ替わってしまう。観る側もわずかな目を離す暇もない、すばらしくスリリングな試合だった。


宿命のライバル同士の、決勝戦での大激戦。競馬でいえば1番人気と2番人気がハナ差で1・2着したようなもので、こんなレースが面白くないわけがない。ともに「ハナ差決着」となった2つの決勝戦、ラグビーの魅力がたっぷり詰まった、史上に残る名勝負だった。


私はもともと展開ラグビー・ランニングラグビーが好きで、ゴチャゴチャした密集戦は好きではなかった。しかし帝京が大学選手権を初制覇したあたりから、密集戦での激しいせめぎ合い、一瞬のスキがターンオーバーにつながってしまうスリリングな戦いにも魅力を感じるようになっていた。ピッチを広く使った華麗な展開ラグビーも魅力たっぷりであり、こういうラグビーが好きなのは今も変わらないが、激しくスリリングな密集戦もまたラグビーの大きな魅力の1つだ。密集戦、コンタクトプレーに新たな魅力を見出してから、私のラグビー観戦は楽しみの幅が広まり、深まった。ラグビーはやっぱり面白い!

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2017年01月10日

“Mr. Runner-up”を返上しろ、錦織! 〜全豪オープン前哨戦・ブリスベン国際〜

今季のグランドスラム第1戦・全豪オープンの前哨戦となるブリスベン国際。世界ランク5位の錦織圭は、準決勝で同4位のスタン・バブリンカ(スイス)を破ってこの大会初の決勝に進出したが、同17位のグリゴル・ディミトロフ(ブルガリア)に2−6、6−2、3−6で敗れ、昨年2月のメンフィス・オープン以来のツアー12勝目を逃した。これでツアー決勝では5連敗である。


【 壁を破ったあとに守りに入る? 過去にもあったパターン 】

この大会はツアーの格としては4番目の250シリーズだが、開催地(オーストラリア)とタイミング的に全豪オープンの前哨戦となるため、世界ランクトップ10のうち5人が出場した。その中での決勝進出は意義があるし、昨年の全米オープン覇者で難敵のバブリンカを破ったのは評価できる。しかしその壁を打ち破ったあとの決勝で、過去3戦全勝の格下に敗れたのはいかがなものか。


思えば錦織が初のグランドスラム決勝進出を果たした2014年の全米オープンもそうだった。準々決勝でバブリンカ、準決勝で当時世界ランク1位のノバク・ジョコビッチ(クロアチア)を破って決勝へ。相手は過去5勝2敗、直近では3連勝していたマリン・チリッチ(クロアチア)。相性はいいはずだったが、緊張からかそれまでの思い切りのいいストロークが影を潜め、ストレート負けを喫した。錦織は「相手がロジャー・フェデラー(スイス)なら挑戦者として思い切りぶつかれた」と述懐したが、チリッチはそのフェデラーを準決勝でストレートで破っているのだ。ということはその時点ではフェデラーよりも難敵だったわけなのだが、当時の錦織はそういう頭の切り替えができなかったようだ。そしてこれと同じことが、ブリスベン国際でも起こってしまったといえる(ディミトロフが準決勝で、世界ランク3位・第1シードのミロシュ・ラオニッチ(カナダ)を破っているという状況も酷似している)。第2セットで臀部の痛みに襲われたということもあっただろうが、それ以前に、準決勝のようなチャレンジャー精神になれずに受けに回ってしまったと言えないだろうか。


【 善戦マンを返上せよ:錦織も稀勢の里も 】

準優勝者のことを英語で”Runner-up”と呼ぶ。「決勝戦まで勝ち上がった選手」というニュアンスだろうか。コンスタントに大会の上位まで進出するが、どうにも勝ちきれない。大事な一番を落とす。最近の錦織にはこういうイメージがつきまとっている。これは大相撲の世界でいえば、昨年年間最多勝を挙げながら、念願の初優勝はできなかった大関稀勢の里を思い起こさせる。大関陣でもっとも優勝・綱取りを期待され、コンスタントに好成績は上げるのだが、「ここ一番」で勝てない。その「善戦マン」を尻目に、脇役扱いだった琴奨菊や豪栄道が初優勝を遂げた。内心忸怩たる思いだったに違いない稀勢の里が、ついにブレイクできるか。今年の角界の最大の関心事はこれだろう。NHK解説の北の富士勝昭さん「稀勢の里を横綱にする会」会長、舞の海秀平さんが副会長に就任したというジョークがあるが、協会の首脳もファンもそれを切望しているのだ。


そして錦織に対するファンの期待もこれと同じである。「善戦マン」から脱却し、念願のツアー1000シリーズの優勝、そしてグランドスラム優勝を今季こそ勝ち取ってほしい。”Mr. Runner-up”を返上し、”Winner”、”Champion”にランクアップすることを切に望む。


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2017年01月07日

ジャーナリスト・池上彰さん 〜我が尊敬すべき「Mr.わかりやすい」〜

昨日のNHK「あさイチ」のゲストは、元NHK記者、今や言わずと知れたフリージャーナリストの池上彰さんだった。

私が池上さんを初めて観たのは、確かNHKの15分間のニュース番組のアナウンサーとしての彼だった。この時は「なんか地味なおっさんだな〜」としか思わなかったのだが、そのイメージが劇的に変わったのが「週刊こどもニュース」のお父さん役だった。さまざまな出来事を子供向けに噛み砕いた説明がとてもわかりやすく、大人が観ても十分に楽しめた(というより、私は大人向けのニュース番組よりこっちの方が面白かった)。この後池上さんはフリージャーナリストに転身し、民放の番組でその「わかりやすさ」にさらに磨きをかけ、今や知名度・人気とも抜群に高い、「わかりやすさNo.1」ジャーナリストである。


その池上さん、「あさイチ」でいろいろなためになる話を聞かせてくれた。録画したので何度でも観返せるが、内容を自分に染み込ませるために、ここにそのポイントをまとめておこう。


◎司会のイノッチ(井ノ原快彦)の「聞き上手」を褒めちぎる
⇒ 相手の話を「そうだったんですか」「それは知らなかった」と、身振り手振りを交えながら、身を乗り出して目を輝かせて聞いてくる。だから相手も自然と気持ちよく話せる


◎新聞の読み方:新聞の良い点は「一覧性」⇒開いてざっと読める
@ 朝、一通りざっと目を通す:見出しだけでもある程度内容はわかる
A 夜、気になった記事のページを切り取り、クリアファイルに入れる
B ファイルに入れた記事を読み込む
⇒ 切り取ったページを積んでおき、1〜2か月経ってから目を通すと、自分が興味を持っているジャンルがわかる:「自分探し」が新聞でできる


(筆者注)私も新聞のスクラップをやっているので、これはわかる。私の場合読んでいるのは日刊紙1紙と週刊の英字紙1紙なので、朝は日刊紙の各ページをざっと読み、気になった記事を切り取っておき、帰宅後にじっくり読んでいる(ただ池上さんほどシステマチックかつ生産的ではないが)。この一覧性を生かした「ざっと目を通す」読み方の効果は私も実感しているし、たまにスクラップブックを見返すと、自分の関心の高いジャンルがわかるのだ。


※ 新聞のコラムを原稿に書き写してみると、読んだだけではわからない「文章表現の工夫」がわかる:試験の小論文対策に役立つ


◎問題の本質について考え抜いて行き詰った時、リラックスタイム(入浴、散歩など)に入って緊張がほぐれると、思わぬ発想やアイデアが浮かぶことがある
(「週刊こどもニュース」のころ、子供たちにわかりやすく説明するためには、基礎に立ち戻らないといけなかった)
⇒ この後、原稿などを書いている時に、自分の中の「小学生の池上君」が「そんなのわかんないよ!」とツッコミを入れてくるようになった:頭の中で彼と対話をしながら、わかりやすくするにはどうしたらいいかを考えている


(筆者注)この「自分の中の『小学生の池上君』がツッコミを入れてくる」というのはすばらしいと思う。これが池上さんの「わかりやすさNo.1」の秘訣だったのだ。確かに「週刊こどもニュース」での説明は、大人が聞いても「なるほど〜」と膝を打ちたくなるようなものが多かった。あの頃に身についた「噛み砕く手法」を、その後も今も続けているというわけだ。すばらしい!


◎「話し上手になるには」
@ つかみが肝心:聞き手の関心を引く
A メリハリをつける:大声で言ったり、突然話をやめて間を置いたり
B 空気を読む:大勢の人に話す時は重要

※ 何事も「3つ」に絞るのが大事:そらで覚えられるし、自分の中で整理がつく



(筆者注)これもいい。まず「何事も『3つ』に絞るのが大事」は「我が意を得たり」だ。このブログの直近の記事で、私は「2016年の総括」を3つの項目に分け、それぞれを「現状」3項目と「課題」3項目にまとめた。さらに2017年の目標も3つ定めた。別に特別な意識はしていなかったのだが、3つなら頭に収まりやすいし、多からず少なからずでバランスがいいかな、と思ったのだ。池上さんのこのコメントで、大きく背中を押していただいた気分だ。


「話し上手の3つのコツ」もすごく勉強になる。私の秘かな願望の1つに「講演活動を生業の1つとする」があるのだが、それを実現し、継続する(講演依頼を次々に受ける)ための必須要件だろう。これは今から心しておこう。


さすが池上さん、ポイントをしっかり押さえ、話が簡潔でわかりやすい。ここでも3つが出るが、この「ポイントを押さえる」「簡潔」「わかりやすい」の3点が、聞き手を惹きつけるコツなのだろう。いや、すばらしい。池上さんの一言一言が勉強になるし、心にしみてくる。この番組を録画しておいてよかった。これからも事あるごとに観返してみよう。

posted by デュークNave at 06:23| Comment(0) | ステキな人たち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月29日

「新版 日中戦争  和平か戦線拡大か」 (臼井勝美・著)

日中戦争については、以前からもっと知りたいと思っていた。1941年の真珠湾攻撃に始まる太平洋戦争については子供のころから興味があり、学校でも習ったが、自分でも何冊か本を読んで知識を蓄えた。しかし日中戦争は、1937年の盧溝橋事件に端を発し、対米英戦争開戦時にはすでに4年を経ており、言うまでもなくその後は太平洋戦争と同時進行で行われたにもかかわらず、ほとんど知識がなかった。学校の歴史教科書にも、1941〜1945年については、太平洋戦争の記述はあるが日中戦争についてはほとんど記述がないため、自ら乗り出さねば知識が身につく機会がなかったのだ。


そこで意を決して標記の本を購入し、読んでみたのだが・・・、かなり疲れた(苦笑)。まず活字が小さいし、文体もかなり堅い。またこれは仕方のないことなのだが、引用する当時の資料が、文語体でかなり読みづらい。この「三重苦」で内容がなかなか頭に入らず、読書スピードがものすごく遅くなってしまい、わずか200ページ余りの新書本を読破するのに1か月近くもかかってしまった。通勤時間と仕事の昼休みを利用してのことなので1日の読書時間は短いのだが、それにしても時間を費やした。

「根性なし・根気なし」の「自称・ノーコン人間」である私、普通なら途中で投げ出してしまうところなのだが、なぜかこの本は最後まで食らいついた。冒頭に書いた「日中戦争についてもっと知りたい」という思いと、どうにかこうにか読み進めていくうちに、だんだん面白くなってきたからだ。この本は日中戦争を、@前史:1933〜1937年 A盧溝橋事件から太平洋戦争勃発まで:1937〜1941年 B太平洋戦争から敗戦まで:1941〜1945年 の3期に区分している。@はほとんど前提知識がなかったのでかなり読むのに時間がかかったが、Aになると少しずつ知っていることが増え始め、Bに至ってかなり興味津々に読み進んだ。とりわけBは、「太平洋戦争の最中に日中戦争はどう推移していたのか」という、この本を読もうとした自分の動機にマッチしていたので、依然として時間はかかりながらも、かなり身を入れて読んだ。


読了し、「日中戦争とはどういう戦争だったのか」と改めて考えてみると・・・、「まったく大義のない泥沼の戦い」と言っていいだろう。1931年の満州事変〜翌年の満州国建国で、日本は中国東北部に大きな拠点を築き上げる。しかしそれにとどまらず、さらに南下して時の蒋介石国民党政権に圧迫を加え続け、ついに1937年、盧溝橋事件で「難くせ」をつけて全面戦争に突入する。この後日本は「大東亜共栄圏」だの「東亜新秩序」だののお題目を唱えて中国本土での勢力圏を拡大していくが、これは「帝国主義国家の侵略」以外の何物でもなかった。

1938年12月28日、蒋介石はこう語って日本の「東亜新秩序」を批判した。

≪東亜新秩序の目的は赤禍(共産党の伸長)を防止することにあるとの名目で中国を軍事的に管理し、東洋文明を擁護するという名目で中国の民族文化を消滅させ、経済防壁を撤廃するという名目で欧米勢力を排除して太平洋を独占しようとするもので、簡単にいえば日本は東亜の国際秩序を覆し、中国を奴隷化して太平洋を独覇し世界の分割支配を意図している。≫

見事に的を射た指摘であり、核心を突かれた当時の日本陸海軍首脳たちは、内心ぐうの音も出なかったのではないか。


この後も日本は戦いを優勢に進めるが、国民党政府は広大な国土を西へ西へと退避し、中西部の重慶に拠点を構えて抗戦する。加えてアメリカを主とする連合国からの援助(いわゆる「援蒋ルート」)が蒋介石を支え、戦争は長期化・泥沼化していく。


この膠着状態を打開するため、日本は対米英戦争に打って出る。開戦当初に連戦連勝を重ねて有利な状況を作り、早期に講和に持っていく目論見だった。確かに1942年5月までは、太平洋戦線では日本は版図を拡大し続け、中国戦線では最大のネックであった「援蒋ルート」最大のビルマルートの遮断に成功する。ここまでは日本の目論見通りの展開だった。

しかし6月、ご存じミッドウェー海戦で日本は主力空母4隻を撃沈されるという大敗を喫し、太平洋戦線は大きなターニングポイントを迎える。物量に勝るアメリカの大反攻が始まり、これに対するために日本は中国戦線より太平洋戦線に兵力を注力せざるを得なくなる。しかも米英の協力でインド経由でアメリカ航空部隊の中国本土への配備が進み、1944年になると、成都飛行場から飛び立ったB29による日本本土爆撃が本格化する。さらに翌1945年には途絶えていたビルマルートが再開され、日本は太平洋戦線のみならず、優勢だった中国戦線でも苦境に陥る。5月、日本は大幅な戦線縮小を決定、各部隊は粛々と撤退を開始したが、その作戦中に8月15日の終戦を迎えることになるのである。


明治維新以来、「富国強兵・殖産興業」をスローガンに近代化を進めてきた日本は、その78年後、国家の崩壊を迎えてしまった。「欧米に追いつけ・追い越せ」とまさに「坂の上の雲」を見つめながら突き進んできた新興国が、「鹿鳴館時代」に象徴される欧米文化の取り込みのみならず、国際政治や軍事面でも欧米帝国主義のマネをして、日清・日露両戦争を勝利したあと、朝鮮を併合し、中国を圧迫して、東アジアに覇を唱えようとした。しかしその膨張が欧米連合国との衝突を招き、ついには破滅へとつながる戦争に突入していった。


この流れの中で、日中戦争はどういう意味合いを持つのか。中国大陸への飽くなき欲望が米英との軋轢を生み、中国戦線と太平洋戦線の同時進行という、当時の日本の国力を考えるとまったく無謀な大戦争へと発展してしまった、つまり日中戦争の泥沼化は、日本帝国主義終焉へのカウントダウンの始まりだった、ということができる。対米戦争は「絶対にやってはいけない戦争」だったが、その前の日中戦争も、「絶対に踏み込んではいけない領域」に踏み込んでしまった戦争だったと言えるだろう。


「いったん始めてしまうと、途中でブレーキがかけられずに突っ走ってしまう。」満州事変に始まり敗戦に終わる、1931年からの15年間は「十五年戦争」とも呼ばれるが、この15年間の日本軍=日本国家の暴走(その前にも「助走期間」があるが)は、決して過去の遺物ではなく、現代の日本社会でも起こっていることではないだろうか。今の安倍政権が行ってきた、特定秘密保護法や安保関連法、最近では「カジノ法」の強引かつ性急な成立、さほど現地で求められているとは思えない、自衛隊の南スーダンへの派兵。大企業でも、組織ぐるみで不正を続け、世間にバレるまでそれを隠蔽し続ける。まさに「赤信号 みんなで渡れば怖くない」を、政府も大企業もやってしまっている。


こんな恐るべき大潮流に、無力な一個人がどう抵抗しようともしょせんは蟷螂の斧。ではどうすればいいか。世間の常識や時代の流れにとらわれずに、自分の好きなこと、好きな道を、好きなように追求していくしかないな。

posted by デュークNave at 11:26| Comment(0) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする