すごい戦いだった。
全日本フィギュア2023・男子シングルのフリースケーティング。第3グループの最後の2人・ショートプログラム(SP)8位の吉岡希と7位の壷井達也がそれぞれ会心の演技を見せたあたりから、すでに観る側のボルテージはかなり高まっていた。そこに最終グループのSP6位〜1位の6選手(友野一希・佐藤駿・三浦佳生・鍵山優真・山本草太・宇野昌磨)が、競い合うように、お互いを高め合うかのように、それぞれのベストパフォーマンスを見せてくれたのだ。これほどハイレベルな演技の競演は、そうめったにお目にかかれるものではない。
(解説の本田武史さん(全日本6回優勝)が「この最終グループの6人とも世界選手権に連れていきたい」と感慨深げにおっしゃっていたが、全く同感!このうち3人しか行けないなんてもったいなさすぎる。間違いなく今の全日本男子シングルは、世界No.1の国内選手権だ)
総合6位・友野一希:私の知る限りでは、これは彼の最高演技だ。関西人らしさを活かしたエンターテインメント性の高い演技を得意とする選手だが、今季はシックで落ち着いた曲をバックに、芸術的でしっとりとした「魅せる」演技を披露してくれている。いつもは演技後に笑顔を見せるのだが、今回は自らの会心の演技をかみしめるような落ち着いた表情だった。
総合5位・佐藤駿:冒頭の4ルッツを鮮やかに決め、さらに前半の4トゥー3トゥ、4トゥをきれいに降りて波に乗る。「天才ジャンパー」の面目躍如のパフォーマンスだ。さらに後半は、3つのジャンプを確実に決めるだけでなく、ステップシークエンスやコレオシークエンスもダイナミックに演じ、ジャンプだけではない、スケーターとしての総合力の高さを示してみせた。
総合4位・三浦佳生:GPファイナルでコンディションを崩し、2週間経っても完全には回復していなかったが、「今の自分ができる最高の演技を」と心して臨んだ。しかしSP同様、そんな苦境をまったく感じさせない気迫あふれる演技だった。高さと幅のあるダイナミックなジャンプ、スピード感にあふれ音楽とマッチしたステップとコレオのシークエンス。演技終了後、場内からは割れんばかりの大歓声が沸き上がった。
総合3位・山本草太:実は最終グループの6人の中で、この人の演技を一番心配していた。SPでは見事な演技で2位につけたが、全日本でこの順位は自己最高。ただでさえプレッシャーがかかるポジション、しかも前の4人が驚くほどすばらしい演技を連発し、さらに重圧がかかるのではないか。昨季での彼の復活(GPシリーズ連続2位・GPファイナル銀メダル)を心から喜んでいた私は、祈るような気持ちで彼のフリー演技を見つめていた。
しかし嬉しいことに、それは全くの杞憂に終わった。まず冒頭のコンビネーションを含む4ジャンプ3本を鮮やかに決める(すべてGOEで2点以上の加点!)。加えて演技中盤で、本人にとって長年の鬼門である3アクセルを、コンビネーションを含め2本ともきれいに決め、小さくガッツポーズを見せた。その後も持ち前の伸びやかなスケーティングでリンクを駆け巡り、終わってみればジャンプを含むすべての要素でGOEで加点を得、スピン・ステップはすべてレベル4。友野と並び、これも私の知る限り山本の最高演技だ。鍵山に逆転されたものの、10度目の出場でついに念願の全日本表彰台をつかんだ。
総合2位・鍵山優真:SPは4サルコウのまさかの転倒で3位に甘んじた。しかしこのフリーではまず冒頭に4サルコウを完璧に決め(GOEは+4.30!)、その後も音楽と見事に調和した流麗な演技を見せた。この人の演技は年を追うごとにしなやかさ・芸術性を増している感があるが、もちろんこれは今季からコーチを務めるカロリーナ・コストナーの功績も大きいだろう。
昨季はケガのためシーズンを棒に振り、今季もGPシリーズ初戦のフランス大会は、3位表彰台はゲットしたもののまだ本調子とはいえなかった。しかしシリーズ2戦目のNHK杯で世界王者・宇野昌磨を破って優勝、ファイナル進出を決めたあたりから本来の演技を取り戻した。そして迎えた全日本、完璧ではないものの、本人もほぼ満足のいく内容だったのではないだろうか。
優勝・宇野昌磨:SPで唯一100点台に乗せ、優勝大本命となって迎えたフリー・最終滑走。前の5人はともに連鎖反応のようにすばらしいパフォーマンスを連発。しかし今の彼には、そんなプレッシャーのかかる状況などものともしない貫禄・風格が身についているようだ。
冒頭の4ループでステップアウトするが、続く4フリップをきれいに降りて取り返す。その後は今季磨いてきた表現力の中になめらかな着氷のジャンプを織り込み、プログラムが淀みなく進行する。曲調が静かなので大きく盛り上がる部分はないのだが、スピンやステップなどの要素をさりげなく盛り込み、観る者は自然と惹きこまれてしまう。フリーでは鍵山の後塵を拝したが、SPでのリードを守り、2年連続、本田武史さん・羽生結弦に並ぶ6度目の全日本王座に就いた。
本人はSP後のインタビューでこう語っていた。「コンディションがあまりよくないことは感じていたが、よくない中でどのようにしたら最大限が出せるかを考えた。SPはそういう演技ができたと思う」。そしてフリーでは、演技直後に両腕を左右に開いて「セーフ!」というポーズを2度見せた。これもSP同様「よくない中でどのようにしたら最大限が出せるか」を考え、「そういう演技ができた」感触があったことの表れだろう。多少のミスがあっても動じず、演技全体を大崩れせずにまとめる。まさに日本の第一人者、世界王者の貫禄である。
今季はフィギュアの記事は全く書いてこなかった私だが、こんなすごいハイレベルの競演を見せられては、ペンを持たずには、いやキーを叩かずにはいられない。自分をそんな気にさせてくれた、世界最高峰のハイパフォーマンス大会になった、今年の全日本男子シングルだった。
2023年12月24日
2023年03月26日
Triple Crown 再び〜フィギュアスケート世界選手権2023〜
4年ぶりの日本での開催となったフィギュアスケート世界選手権は、日本勢にとってまさに歴史的な大会となった。
まずペアで、「りくりゅう」こと三浦璃来・木原龍一組が金メダル。この2人は今季のGPファイナルと四大陸選手権も制覇しており、日本勢初の「グランドスラム」達成となった。2022北京五輪の団体戦での銅メダル獲得にも大きく貢献したこのペアが、その後も着実に成長を続け、ついに大偉業を成し遂げた。
続く女子シングルでは、ディフェンディングチャンピオン・坂本花織が優勝。あの浅田真央でも成し遂げられなかった世界選手権連覇を、日本女子シングルで初めて達成した。かつての天真爛漫で強心臓の少女が、歳を重ねるごとに落ち着きと貫録を身につけ、ついに2年連続の世界女王の地位を獲得した。
そして大トリの男子シングル。前年度覇者・宇野昌磨が、SP当日の公式練習で足を痛めたにも関わらず気迫の演技を見せ、SP・FSともにトップスコアをマークし、世界選手権連覇を果たした。これは通算3度の優勝を誇るあの羽生結弦でさえもできなかった快挙である。
直前のケガにもかかわらずほぼ完璧な演技だったSPを見た時、私はこんな想像をした。「きっと彼は、2018年の平昌五輪の時の羽生結弦を思い描いていたに違いない」。あの時の羽生結弦も、シーズン当初の大ケガから復活し、ぶっつけ本番ですばらしい演技を見せて五輪連覇を果たした。苦境を克服して結果を出した第一人者の姿は、彼の目に焼き付いていたのだろう。そして羽生がプロに転向して自身が日本のエースとなった今、同じように苦境をものともせずにしっかりとした演技をしなければならない。こう自らに言い聞かせて臨んだ大舞台だったのだろう。もともとメンタルの強さと、大崩れしない粘り強さでは定評のあった宇野だが、今回の逆境の克服でさらなる盤石の強さを身につけた気がする。
日本選手が4種目中3種目を制した今年の世界フィギュア。これは昨年12月のGPファイナルに続く日本勢の3冠だ。アイスダンスも「かなだい」ペアがパーソナルベストで日本最高タイの11位に入った。さて来季はどんな展開になるのか、驚異の新星のデビューはあるのか。楽しみに待とう。
まずペアで、「りくりゅう」こと三浦璃来・木原龍一組が金メダル。この2人は今季のGPファイナルと四大陸選手権も制覇しており、日本勢初の「グランドスラム」達成となった。2022北京五輪の団体戦での銅メダル獲得にも大きく貢献したこのペアが、その後も着実に成長を続け、ついに大偉業を成し遂げた。
続く女子シングルでは、ディフェンディングチャンピオン・坂本花織が優勝。あの浅田真央でも成し遂げられなかった世界選手権連覇を、日本女子シングルで初めて達成した。かつての天真爛漫で強心臓の少女が、歳を重ねるごとに落ち着きと貫録を身につけ、ついに2年連続の世界女王の地位を獲得した。
そして大トリの男子シングル。前年度覇者・宇野昌磨が、SP当日の公式練習で足を痛めたにも関わらず気迫の演技を見せ、SP・FSともにトップスコアをマークし、世界選手権連覇を果たした。これは通算3度の優勝を誇るあの羽生結弦でさえもできなかった快挙である。
直前のケガにもかかわらずほぼ完璧な演技だったSPを見た時、私はこんな想像をした。「きっと彼は、2018年の平昌五輪の時の羽生結弦を思い描いていたに違いない」。あの時の羽生結弦も、シーズン当初の大ケガから復活し、ぶっつけ本番ですばらしい演技を見せて五輪連覇を果たした。苦境を克服して結果を出した第一人者の姿は、彼の目に焼き付いていたのだろう。そして羽生がプロに転向して自身が日本のエースとなった今、同じように苦境をものともせずにしっかりとした演技をしなければならない。こう自らに言い聞かせて臨んだ大舞台だったのだろう。もともとメンタルの強さと、大崩れしない粘り強さでは定評のあった宇野だが、今回の逆境の克服でさらなる盤石の強さを身につけた気がする。
日本選手が4種目中3種目を制した今年の世界フィギュア。これは昨年12月のGPファイナルに続く日本勢の3冠だ。アイスダンスも「かなだい」ペアがパーソナルベストで日本最高タイの11位に入った。さて来季はどんな展開になるのか、驚異の新星のデビューはあるのか。楽しみに待とう。
2022年12月13日
日本勢が史上初の"Triple Crown"!〜フィギュアスケートGPファイナル2022〜
このクライマックスイベントが始まる前から、かなり予感はしていた。男子シングルは6人中4人、女子シングルは6人中3人。そしてペアはGPシリーズで連続優勝。これだけの勢力と実績を引っ提げて臨むGPファイナル、「日本勢の『トリプルクラウン』も十分ありうるな」私の期待は自ずから大きく膨らんでいた。
<ペア>
年々着実に進化している「りくりゅう」こと三浦璃来・木原龍一ペア。昨季もGPシリーズで連続で表彰台をゲットし、ファイナル進出を決めていた。惜しくもコロナ禍で中止となったが、満を持した今季はシリーズで連続優勝を決め、堂々たる優勝候補としてファイナルに臨んだ。
この二人の演技を見ていてとても印象的なのが、演技中も笑顔を浮かべ、すごく楽しそうに演じていることだ。特にいいのが、演技終了直後の二人の笑顔いっぱいの表情。単にいい演技ができたという喜びだけではなく、二人が信頼し合ってすばらしいコンビネーションで演技できていることへの喜びも感じられる。試合ごとに成熟度を増している感があるりくりゅうペア、さて世界一を決める戦いでは会心の笑顔を見せられるか?
SPはほぼ完璧な演技にまとめてトップ発進。しかしFSでは、ジャンプに思わぬミスが出た。サイドバイサイドの3サルコウで木原が手をつく。本人曰く「ここ7、8年ぶりぐらいのミス」。しかし最後のスロー3ループの着氷で三浦がグッとこらえる。本人の言「めっちゃがんばりました。記憶にないんですよね」。いつもは楽しんで滑っている二人だが、FSを首位で迎え、世界一がかかる重圧が思いの外のしかかっていたようだ。
キスアンドクライでがっくりと首をもたげる木原。しかし得点はFSでもトップ、見事に日本人ペア初のGPファイナル優勝を果たした。表彰台に上るだけでも初なのだが、一気に頂点に上りつめたのだ。「大あっぱれ!」と言うしかない(ついでに、解説の高橋成美さんの「何てこった!」の万感の叫びにも「あっぱれ!」)。
<男子シングル>
4アクセルを世界で初めて成功させた「4回転の申し子」アメリカの17歳イリア・マリニン。GPシリーズを連勝し、堂々の主役候補としてグランプリにやってきた。対するは、昨季の世界チャンピオン・宇野昌磨を筆頭とする日本の「四銃士」。対決の構図は明確だった。
しかしSPでマリニンに思わぬジャンプのミスが出て、トップの宇野と20点近い差がつく。逆転はかなり難しい状況だったが、FSではマリニンが4ジャンプを次々にきれいに決める会心の演技を見せ、上位陣にプレッシャーをかける。
対する「日本の四銃士」たちは、SPではジャンプにミスが出て6位発進だった佐藤駿が、FSでは4ジャンプをほぼ完璧に決めるすばらしい演技を披露。SP3位の三浦佳生はジャンプにやや精彩を欠き、不本意な結果に終わる。SP2位の山本草太は、FSでも気迫あふれる入魂の演技。後半では大事なジャンプが決まるたびにガッツポーズを見せ(本人曰く「ちょっとやり過ぎたかな」)、初出場のファイナルで見事に2位表彰台をゲットした。
そして宇野昌磨。世界チャンピオンの貫禄たっぷりに、4ジャンプ5回の超高難度のプログラムを流麗にこなす。若干のジャンプのミスは出たものの、粘り強い演技で大崩れしないのがこの人の強み。得点は今季世界最高の200点超え、FSもトップで堂々のファイナル初優勝を飾った。もはや「貫禄勝ち」といっていい盤石の勝利だった。
<女子シングル>
シリーズの展開から、出場選手6人の誰が勝ってもおかしくない大混戦が予想された女子シングル。SPではキム・イェリム(韓国)に痛恨のジャンプミスが出た以外はほぼ会心の演技で、5人が僅差で迎えたFS。しかしここでも「世界一決定戦」の重圧か、各選手にミスが出た。
キムは奮闘するも、ここでもやや不本意な演技に終わる。イザボー・レビト(アメリカ)は、完璧ではないものの最後まで丁寧に滑り切る。渡辺倫果は3アクセルを着氷させ、大ブレイクだった今季のシリーズをほぼ納得の演技で締めくくる。
残るはトップ3。しかしここで明暗が分かれる。抜群の安定感を誇るルナ・ヘンドリックス(ベルギー)は、序盤からジャンプで思わぬミスを連発(観ていた私も「えっ?」と我が目を疑った)。FSでは4位にとどまり、総合点でレビトを下回ってしまった。
続く三原舞依。すばらしかった!「集中力の天才」はこの大舞台でもそれを遺憾なく発揮し、次々とジャンプを流れよく美しく決める。最後の3ループで手をついたが、「滑る喜び」を全身にみなぎらせた渾身の演技で観る者を魅了した。FSではトップ、この時点で2位以上を確定させた。
大トリに控えるは世界女王・坂本花織。「ジュニア時代からの親友でありライバルの三原舞依との、GPファイナルでのワンツー・フィニッシュ」。ドラマの舞台は整っていたし、そうなる可能性は非常に高いだろうと思って見つめていた。ところが…!
コンディションを崩してしまったのか。何らかのアクシデントがあったのか。とにかく彼女があんなにジャンプでミスを連発するのは見たことがない。SPでは持ち前のダイナミックでスピード感のあるジャンプを見せてくれていたのに…!FSでは最下位に沈み、総合も5位に終わる。三原のGPファイナル初優勝は心から嬉しいし祝福するし「大あっぱれ!」を差し上げるが、坂本のこのさびしいエンディングはちょっと、いやかなり残念だった。
最後はちょっと落胆したが、GPファイナルを通して見れば、日本勢に「大あっぱれ!」だ。ペアで「りくりゅう」ペアが日本勢初優勝。男子シングルで宇野・山本がワンツー・フィニッシュ。女子シングルも三原が悲願の初優勝。日本勢史上初の三冠、"Triple Crown"達成だ。暮れの全日本はこ3つののカテゴリーに加え、アイスダンスの「かなだい」ペアと小松原夫妻ペアの対決もあり、すばらしく盛り上がるだろう。そして来る世界選手権も、日本勢の大活躍が期待できる。いやあ、今季のフィギュア、まだまだ目が離せない!
<ペア>
年々着実に進化している「りくりゅう」こと三浦璃来・木原龍一ペア。昨季もGPシリーズで連続で表彰台をゲットし、ファイナル進出を決めていた。惜しくもコロナ禍で中止となったが、満を持した今季はシリーズで連続優勝を決め、堂々たる優勝候補としてファイナルに臨んだ。
この二人の演技を見ていてとても印象的なのが、演技中も笑顔を浮かべ、すごく楽しそうに演じていることだ。特にいいのが、演技終了直後の二人の笑顔いっぱいの表情。単にいい演技ができたという喜びだけではなく、二人が信頼し合ってすばらしいコンビネーションで演技できていることへの喜びも感じられる。試合ごとに成熟度を増している感があるりくりゅうペア、さて世界一を決める戦いでは会心の笑顔を見せられるか?
SPはほぼ完璧な演技にまとめてトップ発進。しかしFSでは、ジャンプに思わぬミスが出た。サイドバイサイドの3サルコウで木原が手をつく。本人曰く「ここ7、8年ぶりぐらいのミス」。しかし最後のスロー3ループの着氷で三浦がグッとこらえる。本人の言「めっちゃがんばりました。記憶にないんですよね」。いつもは楽しんで滑っている二人だが、FSを首位で迎え、世界一がかかる重圧が思いの外のしかかっていたようだ。
キスアンドクライでがっくりと首をもたげる木原。しかし得点はFSでもトップ、見事に日本人ペア初のGPファイナル優勝を果たした。表彰台に上るだけでも初なのだが、一気に頂点に上りつめたのだ。「大あっぱれ!」と言うしかない(ついでに、解説の高橋成美さんの「何てこった!」の万感の叫びにも「あっぱれ!」)。
<男子シングル>
4アクセルを世界で初めて成功させた「4回転の申し子」アメリカの17歳イリア・マリニン。GPシリーズを連勝し、堂々の主役候補としてグランプリにやってきた。対するは、昨季の世界チャンピオン・宇野昌磨を筆頭とする日本の「四銃士」。対決の構図は明確だった。
しかしSPでマリニンに思わぬジャンプのミスが出て、トップの宇野と20点近い差がつく。逆転はかなり難しい状況だったが、FSではマリニンが4ジャンプを次々にきれいに決める会心の演技を見せ、上位陣にプレッシャーをかける。
対する「日本の四銃士」たちは、SPではジャンプにミスが出て6位発進だった佐藤駿が、FSでは4ジャンプをほぼ完璧に決めるすばらしい演技を披露。SP3位の三浦佳生はジャンプにやや精彩を欠き、不本意な結果に終わる。SP2位の山本草太は、FSでも気迫あふれる入魂の演技。後半では大事なジャンプが決まるたびにガッツポーズを見せ(本人曰く「ちょっとやり過ぎたかな」)、初出場のファイナルで見事に2位表彰台をゲットした。
そして宇野昌磨。世界チャンピオンの貫禄たっぷりに、4ジャンプ5回の超高難度のプログラムを流麗にこなす。若干のジャンプのミスは出たものの、粘り強い演技で大崩れしないのがこの人の強み。得点は今季世界最高の200点超え、FSもトップで堂々のファイナル初優勝を飾った。もはや「貫禄勝ち」といっていい盤石の勝利だった。
<女子シングル>
シリーズの展開から、出場選手6人の誰が勝ってもおかしくない大混戦が予想された女子シングル。SPではキム・イェリム(韓国)に痛恨のジャンプミスが出た以外はほぼ会心の演技で、5人が僅差で迎えたFS。しかしここでも「世界一決定戦」の重圧か、各選手にミスが出た。
キムは奮闘するも、ここでもやや不本意な演技に終わる。イザボー・レビト(アメリカ)は、完璧ではないものの最後まで丁寧に滑り切る。渡辺倫果は3アクセルを着氷させ、大ブレイクだった今季のシリーズをほぼ納得の演技で締めくくる。
残るはトップ3。しかしここで明暗が分かれる。抜群の安定感を誇るルナ・ヘンドリックス(ベルギー)は、序盤からジャンプで思わぬミスを連発(観ていた私も「えっ?」と我が目を疑った)。FSでは4位にとどまり、総合点でレビトを下回ってしまった。
続く三原舞依。すばらしかった!「集中力の天才」はこの大舞台でもそれを遺憾なく発揮し、次々とジャンプを流れよく美しく決める。最後の3ループで手をついたが、「滑る喜び」を全身にみなぎらせた渾身の演技で観る者を魅了した。FSではトップ、この時点で2位以上を確定させた。
大トリに控えるは世界女王・坂本花織。「ジュニア時代からの親友でありライバルの三原舞依との、GPファイナルでのワンツー・フィニッシュ」。ドラマの舞台は整っていたし、そうなる可能性は非常に高いだろうと思って見つめていた。ところが…!
コンディションを崩してしまったのか。何らかのアクシデントがあったのか。とにかく彼女があんなにジャンプでミスを連発するのは見たことがない。SPでは持ち前のダイナミックでスピード感のあるジャンプを見せてくれていたのに…!FSでは最下位に沈み、総合も5位に終わる。三原のGPファイナル初優勝は心から嬉しいし祝福するし「大あっぱれ!」を差し上げるが、坂本のこのさびしいエンディングはちょっと、いやかなり残念だった。
最後はちょっと落胆したが、GPファイナルを通して見れば、日本勢に「大あっぱれ!」だ。ペアで「りくりゅう」ペアが日本勢初優勝。男子シングルで宇野・山本がワンツー・フィニッシュ。女子シングルも三原が悲願の初優勝。日本勢史上初の三冠、"Triple Crown"達成だ。暮れの全日本はこ3つののカテゴリーに加え、アイスダンスの「かなだい」ペアと小松原夫妻ペアの対決もあり、すばらしく盛り上がるだろう。そして来る世界選手権も、日本勢の大活躍が期待できる。いやあ、今季のフィギュア、まだまだ目が離せない!
2022年11月27日
GPファイナル出場者決定:日本勢は史上最多の男女シングル7名出場!「りくりゅう」ペアも大注目!
フィギュアスケートグランプリシリーズ最終戦・フィンランド大会が行われ、女子シングルは三原舞依がイギリス大会に続いて連続優勝。河辺愛菜が3位・紀平梨花は4位と、日本勢は全員が上位入賞を果たした。男子シングルでは佐藤駿がFSで会心の演技を見せて2位に入り、今季GPシリーズデビューの壷井達也もFSをノーミスで滑って4位と健闘した。羽生結弦がプロ転向し、今後が懸念された日本男子だったが、若い才能が着々と育ってきているようだ。
この結果、12月9日よりイタリア・トリノで行われるGPファイナルへの出場者が決定した。
男子シングル:イリア・マリニン(USA)、宇野昌磨、三浦佳生、山本草太、ダニエル・グラスル(ITA)、佐藤駿
女子シングル:三原舞依、ルナ・ヘンドリクス(BEL)、坂本花織、キム・イェリム(KOR)、イザボー・レビト(USA)、渡辺倫果
ペア:三浦璃来・木原龍一
シングルに男女合わせて7人もの選手が出場するのは、日本フィギュア史上最多の快挙だ。ロシア勢がいないからということもあるが(特に女子は)、それにしても日本のフィギュア界は、トップのレベルの高さは以前から保たれていたが、本当に層が厚くなったなと思う。
男子は4アクセルを世界で初めて成功させ、他を圧する技術点の高さを誇るマリニンが本命だが、これに日本カルテットがどう挑むか。カギはやはり4ジャンプの出来にかかっている。
女子は絶対的な本命がおらず、大混戦だ。ジャンプのわずかなミス、スピンやステップのレベルの取りこぼしが明暗を分ける厳しい戦いになりそうだ。
そして今季のGPファイナルには、もう一つ大きな楽しみがある。GPシリーズで連続優勝し、堂々たるファイナル進出を決めた「りくりゅう」ペアだ。試合を経るごとに円熟度が増し、より洗練された演技に仕上がっている感があるこの二人、日本ペアのファイナル初の表彰台はおろか、優勝も十分狙えるのではないだろうか。
3週間後のトリノは、この3つのカテゴリーでの日本勢の活躍から目が離せない。
この結果、12月9日よりイタリア・トリノで行われるGPファイナルへの出場者が決定した。
男子シングル:イリア・マリニン(USA)、宇野昌磨、三浦佳生、山本草太、ダニエル・グラスル(ITA)、佐藤駿
女子シングル:三原舞依、ルナ・ヘンドリクス(BEL)、坂本花織、キム・イェリム(KOR)、イザボー・レビト(USA)、渡辺倫果
ペア:三浦璃来・木原龍一
シングルに男女合わせて7人もの選手が出場するのは、日本フィギュア史上最多の快挙だ。ロシア勢がいないからということもあるが(特に女子は)、それにしても日本のフィギュア界は、トップのレベルの高さは以前から保たれていたが、本当に層が厚くなったなと思う。
男子は4アクセルを世界で初めて成功させ、他を圧する技術点の高さを誇るマリニンが本命だが、これに日本カルテットがどう挑むか。カギはやはり4ジャンプの出来にかかっている。
女子は絶対的な本命がおらず、大混戦だ。ジャンプのわずかなミス、スピンやステップのレベルの取りこぼしが明暗を分ける厳しい戦いになりそうだ。
そして今季のGPファイナルには、もう一つ大きな楽しみがある。GPシリーズで連続優勝し、堂々たるファイナル進出を決めた「りくりゅう」ペアだ。試合を経るごとに円熟度が増し、より洗練された演技に仕上がっている感があるこの二人、日本ペアのファイナル初の表彰台はおろか、優勝も十分狙えるのではないだろうか。
3週間後のトリノは、この3つのカテゴリーでの日本勢の活躍から目が離せない。
2022年11月20日
すそ野が広がった日本フィギュア界
フィギュアスケートグランプリシリーズ第5戦・NHK杯が行われ、日本勢が大活躍した。
男子シングル/優勝:宇野昌磨 2位:山本草太 4位:友野一希
女子シングル/2位:坂本花織 3位:住吉りをん 5位:渡辺倫果
ペア/優勝:三浦璃来・木原龍一
アイスダンス/6位:村元哉中・橋大輔 9位:小松原美里・小松原尊
この結果、宇野、山本、坂本、三浦・木原組のGPファイナル出場が確定した。最終戦のフィンランド大会の結果によっては、カナダ大会優勝の渡辺にも可能性がある。すでに男子シングルは三浦佳生も出場が決まっており、フィンランド大会に出場する男子シングルの佐藤駿(イギリス大会3位)、女子シングルの三原舞依(イギリス大会優勝)にもファイナル進出の可能性が十分ある。今季のGPファイナルは、この3つのカテゴリーでの日本選手の躍進が大いに期待できそうだ。
今回のNHK杯で私が特に注目していたのは山本草太だった。ジュニア時代、宇野昌磨が16歳でジュニアGPファイナルを制した時、2位に入ったのが当時14歳の山本だった。その直後の全日本選手権にもそろって出場し、宇野が2位に入ったのも驚異だったが、山本も伸びのあるスケーティングで総合6位に入賞し、宇野とともに将来が嘱望されていた。私も宇野と同様、山本の今後の成長に注目し、応援していた。
しかしその後練習中に右足首を骨折して戦線離脱を余儀なくされ、低迷の時期が続いた。全日本に出場はするも、その演技構成は4回転ジャンプを全く跳ばない、本来の実力からはほど遠いものであり、演技そのものも恐々滑っている印象だった。
しかし今季の彼のGPシリーズ初戦・フランス大会の演技構成を見た時、私は思わず快哉を挙げた。4回転ジャンプを複数含めた、真の実力通りの構成になっていたからだ。「長らく苦しまされていたケガから、ようやく完全復調したんだな。」俄然注目度が上がった。そして演技も、完璧とは言えないものの、低迷期とは比べ物にならないハイレベルな内容にまとめ、見事に初のGPシリーズ表彰台をゲットした(2位)。そしてNHK杯でも、SPを会心の演技で首位発進し、FSでは3アクセルの不出来に苦しんだが、前半の3本の4ジャンプの成功が効いて総合2位にとどまり、念願だった初のGPファイナル出場を決めた。
本当はすばらしい実力を持っているのにそれを十分に発揮できていない選手を見ると、応援する側はもどかしさを感じてしまう。山本も長きにわたりそういう状態が続いていたが、ついにその苦境から脱し、今季の2戦で本来の実力にかなり近い姿を見せてくれた。3週間後の「世界一決定戦」でどんな演技を見せてくれるのか、とても楽しみだ。
もう一つ私が注目していたのは、「りくりゅう」ペアだ。第2戦のスケートカナダで日本人ペア初のGPシリーズ優勝を果たし、昨季に続くファイナル進出を視界に入れて臨んだ今大会。SP・FSとも他を圧する貫禄の演技で完勝した。解説の高橋成美さんが何度も口にした「別格ですね」。滑りのエッジの音、リフトの安定感とスピード、スロージャンプの距離と着氷の滑らかさ。連続で表彰台をゲットした昨季からさらに安定感が増し、より洗練された印象を受けた。GPシリーズを連続優勝したことで、単にファイナル進出だけでなく、有力な優勝候補に挙げられるのではないだろうか。これほどすばらしい演技ができるペアが日本に存在する。まさに「至宝」だろう。
この「りくりゅう」ペアや、アイスダンスの「かなだい」ペア、小松原夫妻ペアと、これまで日本にとって世界との距離が遠かったカテゴリーでも注目のペアが現れたことは、ファンにとってとてもうれしいことだ。北京五輪・フィギュア団体での日本初の銅メダルも、男女シングルはもちろん、ペアで2位、アイスダンスで5位に入ったのが非常に大きかった。
これまでは男女シングルオンリーだったフィギュアファンの楽しみが、今ではペアとアイスダンスにも広がっている。「日本のフィギュア界のすそ野は本当に広くなったな〜。」渡部絵美、伊藤みどりのころからフィギュア界を眺めてきた者として、こんなうれしいことはない。