2015年10月30日

「マンガから学べる」ことにやっと世間が気づいた 〜学習マンガ100作品〜

日本財団が「新しい世界の発見や学びにつながるマンガ」として選出した「学習マンガ100作品」を発表した。


私はこのブログに「マンガ名作選」という記事を載せているほどのマンガ好きで、子供のころからさまざまなジャンルのマンガを読んできた(今でも「ゴルゴ13」「会長 島耕作」「黄昏流星群」「あとかたの街」「馬なり1ハロン劇場」の単行本を買い集めている)。また「マンガを通じて広がる世界」という記事も載せ(http://keep-alive.seesaa.net/article/129731195.html?1446125119)、マンガの存在意義と、マンガからいろいろなことを学んだ経験について語った。

こういう人生経験を持つ私にとって、マンガが「新しい世界の発見や学びにつながる」ものとして認知されたことはとてもうれしいことであり、「やっとこういう時代になったか」と感慨深いものがある。かつてマンガを「低俗で子供の読むもの」と、読みもしないで決めつけていたインテリ気取りオヤジたちも、少しは認めるようになってきたということか(ただ、いまだにこういう輩は多いと思うが)


今回選出された100作品の中には、”My Favorite Comic”といえる作品がかなりあった。


【 文学 】※「坊っちゃん」の時代(関川夏央・谷口ジロー)

【 生命と世界 】「寄生獣」(岩明均)
         「火の鳥」(手塚治虫)

【 社会 】※「ゴルゴ13」(さいとう・たかを)
      「沈黙の艦隊」(かわぐちかいじ)
      「ナニワ金融道」(青木雄二)

【 職業 】「家栽の人」(毛利甚八・魚戸おさむ)
      「ブラック・ジャック」(手塚治虫)
      「HOTEL」(石ノ森章太郎)

【 歴史 】「墨攻」(酒見賢一・久保田千太郎)

【 戦争 】「アドルフに告ぐ」(手塚治虫)
      「凍りの掌 シベリア抑留記」(おざわゆき)
      「はだしのゲン」(中沢啓治)

【 生活 】「クッキングパパ」(うえやまとち)

【 科学・学習 】「天才 柳沢教授の生活」(山下和美)

【 スポーツ 】※「あしたのジョー」(高森朝雄・ちばてつや)
        ※「エースをねらえ!」(山本鈴美香)
        「キャプテン」(ちばあきお)



※は、上記の「マンガ名作選」の記事で取り上げた作品


日本のマンガは世界に誇るべき総合芸術である(これは今に始まったわけではなく、世間が気づくのが遅かったのだ。日本国内よりも、むしろ海外の方が高く評価してくれているんじゃないか?)多彩かつ味わい深い日本のマンガ作品が、さらに評価を高め、世界中で愛されることを望む。


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2013年05月04日

ストーリーを楽しみながらユニークな英語表現に触れる 〜「毎日かあさん」英語版スタート!〜

毎日新聞の日曜版に掲載されている西原理恵子さんの「毎日かあさん」の英語版の連載が、Mainichi Weeklyで始まった(最新の5月4日号で5回目)。私は以前「毎日かあさん」の単行本を全巻持っており、ストーリーはすべて知っていたので、「英語版ではあのセリフをどう表現するんだろう」と、連載の開始を楽しみにしていた。

連載第1回の4月6日号のトップは、西原さんへのインタビュー記事である。これによると、「毎日かあさん」の連載が始まった2002年10月当初は、読者から厳しい批判を受けたようだ。

The trip had a rocky reception when it first appeared in the Mainichi Shimbun in 2002, as some readers were shocked both by the world of Saibara’s main character – an often wild mother and wife – and her rough and ready drawing style with its splashes of vivid color.

(2002年に毎日新聞での連載が開始された当初、この作品は厳しい歓迎を受けた。「しょっちゅうキレる母親と妻」という主人公、そして殴り書きしたような絵とほとばしるドギツい色彩に、ショックを受けた読者もいた

“At first there was a swirl of complaints that the comic was filthy and dirty,” says Saibara.

「初めのころは『絵が下品で汚らしい』と非難の渦でしたよ」と西原さんは語った)

実際連載第1回目では、本人も作中「こんな絵でまさかとおおもいでしょうがまんが家です」
と語っている(英語版では”You might find it hard to believe from my illustrations, but I’m a manga artist.”)

しかし今や「毎日かあさん」は、単行本の発行部数が総計200万部を突破し、テレビアニメ化され、2011年には実写版の映画が公開されるほどの国民的な人気漫画になった。

この作品は、特に小さい男の子を持つ母親に人気が高いという。作品に描かれている、西原さんが息子の成長を時に楽しみ、時に気が狂わんばかりのフラストレーションに襲われる姿に共感しているのだ。

「読者はお客さんで、私は寿司職人。お客さんには楽しくて元気が出るネタを選んでお出ししています」と西原さんは語る。


私が思うこの作品の魅力は、確かに美しいとは言えないけど本音丸出しの絵とストーリー、強烈なコミカルさ、そして時にホロリとさせる温かさにある。特に作者の豊富な海外経験(特にアジア)から描かれる人生観や価値観に触れる作品(それでいて決して理屈っぽくはない)には、ジーンと心に沁みるものがある。

さてそんな「毎日かあさん」の英語版、「あのセリフをどう表現するんだろう」とチェックしてみると・・・。


第2話「しるがでた ’Green Juice’」。虫ギライの作者、自宅のお気に入りの柳の木に青虫がうじゃうじゃたかっているのを見て、4歳の息子に取り除かせる。息子がつまんで取ろうとすると「ぶんぶんぶん」と身をよじらせる虫。「おかあさん怒ってるよう怒ってるよう」と動揺する息子に「大丈夫こんにちは言ってるだけだから」となおも取らせようとする母親。

ここで彼女が「根性だせや息子」とつぶやくのだが、これを英語にどう訳しているのかと思ったら、

“Be a man, son !”

なるほど、「男になれ」か。ニュアンスはわかるなあ。


第3話「風景 ‘Lasting Image’」。作者が以前ミャンマーの寺で出家して修行していたころのこと。寺の裏にあるゴミ捨て沼にやってくるゴミひろいの父子。父が沼に下りてゴミを拾う。息子はじっと動かずに父親の「仕事」を見ている。

“The sight of that boy’s unmoving back and the sky left a greater impression on me than any training or words of wisdom did.”

(たくさんの修行やありがたい言葉よりも あの少年の動かない背中と空が忘れられない風景)

そしてこのコマには、何もない広々とした青い空、緑の草原と樹木、そして少年の後ろ姿が描かれている。これが上で書いた「豊富な海外経験(特にアジア)から描かれる人生観や価値観に触れる作品」の1つなのだが、こういうシンプルでストレートな表現がズーンと心に響くのだ。このセリフと同じで、複雑な色彩の絵やコマよりも、原色を使ったシンプルな絵の方が目にも心にも残る。これが「西原マンガ」の最大の魅力の1つだ。

第4話「おハギマン’Sweet Bean Paste Man’」。「息子はボール遊びが上手。ブロックが上手。わあ上手。いろいろ上手」と息子を褒めちぎる。

(この連発する「上手」を、同じ表現の繰り返しを避ける英語では”be good at”と”have a way with”に使い分けている)

「かあさんほめてばっかじゃだめなんじゃない」と言う息子に、一瞬フリーズしたあと、頭に手をやり、ほっぺをつねりながら叫ぶ(顔は全面紫色の「鬼母」に一変)

“If I start pointing out your faults, the list would be endless. I’d have to be mad at you from morning till night.”

(あんたをねえけなしてたらキリがないの 朝から晩までおこってなきゃいけないの)


「キリがない」は”the list would be endless”か。なるほど。

“He’s apparently playing hide-and-seek, but lying down in a muddy ditch?”

(かくれんぼのつもりらしいがドロまみれのドブにかくれるのはどうだ)

この”apparently”(どうやら〜らしい)は覚えたい表現だ。

第5話 「にこにこ’All Smiles’」。作者のいとこのご主人が亡くなって里帰りした時のこと。

「(be)+all+身体の部位を表す名詞・抽象名詞」で「〜そのもの」・「全身〜」の意味になる。”all attention / all ears”(一心に耳を傾ける)”all smiles”(喜色満面)、”all eyes”(目を皿のようにして)”など。面白いのは”all fingers and thumbs”で、「ひどく不器用で」という意味だ。

この法事の席。酔っぱらって腰が立たなくなったおじさんを見て、

“Oh, great, I think he’s wet himself.”

(ちょっと何おしっこもらしてんやないのー)

この場合の”great”は、皮肉で「何てこった」の意味。そういえば映画「トップガン」で、2機のファントムがソ連(当時)のミグ2機と遭遇した時、空母の司令室で、2機のうちの1機の搭乗員がマーベリックとグースと知った上官が、”Greats! Maverick and Goose.”(くそっ、マーベリックとグースか)と舌打ちしていたっけ。それだけこの2人は「札つき」だったということだな。

ちょっと余談になったが、「毎日かあさん」英語版、期待通り面白い。作中で使われている英語表現を使いこなすのはまだまだ無理だが、まずはストーリーを楽しみながら、印象に残った面白い表現を少しずつ身につけていこう。

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2011年03月20日

マンガ名作選 Vol.7 「坊っちゃん」の時代

久々のこのシリーズ第7弾は、原作・関川夏央、作画・谷口ジローの名作「『坊っちゃん』の時代」です。

(「こんな時にマンガとは不謹慎な」とお思いかもしれませんが、何か気が紛れることを書かないとやっていられないのです)

< 作品の概要 >

この作品は5部構成で、それぞれに主人公がいます。第一部「『坊っちゃん』の時代」は夏目漱石、第二部「秋の舞姫」は森鴎外、第三部「かの蒼空に」は石川啄木、第四部「明治流星雨」は幸徳秋水、そして第五部「不機嫌亭漱石」は再び夏目漱石です。これら明治の文豪・文化人・思想家を軸に、その時代を動かし、あるいは疾走し、彩り、大なり小なりの足跡を残した明治人たちが、主人公と絡みながら物語に関わっていきます。

(主な登場人物を挙げますと、文学者では二葉亭四迷、ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)樋口一葉。政治家では山縣有朋、桂太郎、原敬、田中正造。軍人では大山巌、乃木希典、広瀬武夫。思想家・文化人では平塚らいてう内村鑑三、金田一京助。社会主義・無政府主義者では、大杉栄、堺枯川、荒畑寒村管野須賀子。他に、伊集院影韶(警視庁警視正)、西郷四郎(嘉納治五郎門下の四天王の一人。姿三四郎のモデル)、富田銀造(仕立屋銀次。スリの大親分)、エリス・バイゲルト(「舞姫」のヒロイン)など)

【第一部・「坊っちゃん」の時代】明治38年11月、当時東京帝大・一高と明大で英語講師をしていた夏目漱石が、名作「坊っちゃん」の構想を練るところから物語は始まります。ビヤホールで泥酔した漱石を介抱した4人の若者との交流、森鴎外の樋口一葉の回想、椿山荘での歌会などから、漱石は「坊っちゃん」の登場人物のヒントを得ます。4人の若者のうち、柔道家・太田仲三郎を「坊っちゃん」、侠客・堀紫郎を「山嵐」、一高生・森田草平を「うらなり」。さらに山縣有朋を「校長=狸」、伊集院影韶を「赤シャツ」、桂太郎を「野だいこ」、平塚らいてうを「マドンナ」、樋口一葉を「清」のモデルに設定します。漱石は、坊っちゃんや山嵐を「生き様に共鳴はするが結局は敗れる者」、赤シャツや野だいこを「気に食わんが結局は勝つ者」と見定め、時代を嘆きます。

(また、平塚らいてうに翻弄され、ついには伊集院影韶に彼女を奪われて女々しく泣く森田草平を「迷える子羊」と見た漱石は、草平の描いたらいてうの肖像画から発想してのちに「三四郎」を書くことになります)

【第二部・秋の舞姫】森林太郎(鴎外)は明治20年にドイツに留学し、ふとしたことで美しく聡明な若いドイツ女性エリス・バイゲルトと出会い、恋に落ちます。翌年帰国する際、鴎外はエリスに自分の後を追って日本に来るように言い、鴎外帰国の4日後にエリスは日本の地を踏みます。しかし森家では長男の鴎外が外国人を妻とすることを頑として承知せず、両親が選んだ海軍中将の長女との縁組を進め、軍医総監への出世を目指すよう申し渡します。

個人よりも家が重んじられる時代にあって、鴎外はドイツ滞在中からこの事態を想定して懊悩に苦しんでいましたが、それを現実に突きつけられ、さらにエリスが来日して鴎外を待っているという状況下で、さらに苦悩が募っていきます。一方、エリスの聡明さや凛とした気性に触れた長谷川辰之助(二葉亭四迷)、西郷四郎、広瀬武夫や、身内の弟・篤次郎や義弟の小金井良精までがエリスに味方しますが、鴎外が自分を受け入れることは無理と悟ったエリスは、築地精養軒での日本で最初で最後の鴎外との晩餐ののち、淋しく日本を去ります。

【第三部・かの蒼空に】明治42年3月、石川啄木は東京朝日新聞社に校正係として入社しますが、入社後10日目にして給料の前借を頼みます。啄木はこの3年後に世を去るまで、生涯お金のやりくりと借金の算段に悩まされますが、その原因の多くは彼の経済観念のなさにありました。滞納している下宿代の支払いや生活費に回すべき前借金や友人知人からの借金を、「手元にお金があると使いたくなる」衝動に勝てず、活動写真を観たり、酒を飲んだり、洋食を食べたり、本を買ったり、女を買ったりと、金を手にしたその日に散財してしまうのです。そしてお金にするつもりの小説は一向に進まず、嘆くたびに短歌ばかりが口をついて出ます。これがのちの歌集「一握の砂」につながるのですが、朝日新聞社からの月給25円が収入のすべてであった啄木は(のちに二葉亭四迷全集の校閲で7円を得ます)、生活の窮乏に悩み続けながら、時代の変遷を見つめます。

【第四部・明治流星雨】土佐中村の人・幸徳秋水は明治20年、16歳で政界に志を立てて上京しますが、保安条例によって壮士たちとともに追放され、大阪で中江兆民の書生になります。その後萬朝報社で記者になりますが、社が日露開戦論に転じたことに反発して退社し、明治36年11月、堺枯川らと社会主義を標榜する「週刊平民新聞」を創刊します。しかし山縣有朋をトップとする政界・官界の反政府運動への圧力は強く、2年後、平民社は解散、平民新聞は廃刊に追い込まれます。その後秋水はアメリカに渡り、サンフランシスコで大地震に見舞われますが、崩壊した街で市民が助け合いながら生きる姿を見て、「これこそが無政府共産だ」と感銘し、無政府主義者(アナーキスト)へと転じます。

明治39年6月に帰国した秋水は言論派から直接行動派へと転じ、荒畑寒村や管野須賀子らが秋水に共鳴します。しかしそれまで比較的寛容だった西園寺・原内閣はこれに危惧を抱き、社会党の結党禁止・再刊したばかりの日刊平民新聞の発禁処分を下します。穏健派の西園寺・原でさえこうですから、強硬派の山縣・桂はさらに苛烈でした。明治43年6月、管野・宮下太吉・新村忠雄・古河力作が謀議していた「明治天皇襲撃計画」を察知すると、ただちに4名を逮捕拘留し、計画に直接関与していなかった秋水ら3名も拘引します。これが後世に悪名高い「大逆事件」の始まりでした。

【第五部・不機嫌亭漱石】明治43年8月、神経性の胃潰瘍に悩まされていた漱石は、主治医の勧めで伊豆修善寺に転地療養に出かけます。しかし長雨のためか病状は一向に好転せず、13日には胃液と胆汁を吐き、その後も嘔吐が続きます。

もともと漱石は青年期から、近代的自意識(日本古来の封建的価値観と、欧米輸入の個人主義との葛藤)をもてあました結果の強迫神経症に悩み、明治35年からのイギリス留学中にさらにこれを悪化させ、帰国後は意に染まない英語講師を務めながら、「吾輩は猫である」「坊っちゃん」「草枕」などの小説の執筆で気を紛らしてきました。

明治40年、漱石は東京帝大と一高の教職を辞め、東京朝日新聞に小説専属として入社します。これによって精神的なしこりは一時霧散しましたが、今度は執筆のストレスで胃痛に苦しみ始めます。生来の甘党でジャムを一瓶舐めてしまう漱石は糖尿病まで患い、「門」の脱稿直後の明治43年6月、ついに胃潰瘍で入院を余儀なくされます。そして2ヵ月後、転地療養のため修善寺へ向かうのです。

20日には妻・鏡子が着き、その後数日は小康状態が続きます。しかし24日、朝から不快を訴えた漱石は、その夜大量に吐血し、一時は危篤状態に陥ります。生死の境をさまようこと30分、漱石はようやく意識を取り戻し、10月には帰京して、主治医の下で再び療養生活に入ります。

一方、幸徳秋水らを拘引した大逆事件は、「主義者」の一網打尽をもくろむ山縣有朋らの指揮の下、逮捕者が26名にまで拡大します。そして明治44年1月、大審院が下した判決は、秋水・管野・新村・宮下ら24名が死刑という、当時の法体系・裁判制度をもってしてもありえない、理不尽で強引なものでした(翌日、このうち12名を無期懲役に減刑)。これ以降日本は、政府の強権が猛威をふるう「言論弾圧・恐怖政治」の色彩を濃くしていきます。

死刑判決のわずか6日後に死刑が執行されていることを知った啄木は、「日本は・・・駄目だ」と嘆息します。一方4月に退院した漱石は、桜吹雪の中を散歩しながら、「好きなことだけして・・・小さくなって・・・懐手して暮らせんものか」とつぶやきます。その1年3ヵ月後、「明治」は終わります。

< 作品の魅力 >

この作品の魅力を一言で言うと、「明治という時代の香りを、紙面いっぱいに匂わせている」ことです(サブタイトルは「凛冽たり近代 なお生彩あり明治人」)。明治時代を克明に描いた作品というと、小説なら司馬遼太郎さんの「坂の上の雲」、論説なら同じく司馬さんの「明治という国家」が思い浮かびますが、マンガというジャンルで、この時代をここまで精緻に描いた作品は他にないでしょう。特に漱石や鴎外、啄木、秋水といった知識人・文化人を中心に描いているためか、この作品には読者の知性をくすぐる要素が多く、「マンガ文学」とでもいうべきカラーを持っています。これはかつてない新しいマンガのジャンルであり、こういう意味でこの作品は、日本の漫画史にその名を刻まれるべき秀作と言えるでしょう(事実この作品は、のちに第2回手塚治虫文化賞を受賞しています)。

作品からは、原作者・関川夏央のこの時代に関する膨大で詳細な知識と、明治人への深い敬慕の念がひしひしと伝わってきます。そしてそれを可能にしているのが、作画・谷口ジローの描く絵なのです。上品で誠実、写実的な絵柄。情景描写や人物の表情などに一切の誇張がないため、読者は静かに心地よく読み進み、知らず知らずのうちに作品に惹き込まれていきます。「明治という時代の空気に触れながら、明治人たちの気骨・精神を心地よく味わえる」これがこの作品の最大の魅力だと思います。

明治という時代、そして明治人は、司馬さんが「明治という国家」で述べているように、確かに偉大でした。明治維新を起こし、新国家のリーダーたちは欧米列強の外圧に負けじと近代化を急速に進め、国民は重税や徴兵などの負担に耐え、まさに「国家総動員」で新しい国造りに邁進しました。この明治人たちの、近代国家建設への一致団結した献身的な努力がなければ、現代の豊かで平和な日本はなかったでしょう。

「坊っちゃんの時代」に描かれている偉大なる先人たち、明治の風をいっぱいに浴びた「味のある人たち」。この作品を通して明治人たちの息遣いに触れられることに、私は大きな喜びを感じるのです。


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2010年01月30日

マンガ名作選 Vol.6 モンキーターン

シリーズ第6弾は、河合克敏・作のスポーツマンガの傑作「モンキーターン」です(河合さんはこの作品で第45回小学館漫画賞を受賞しています)

河合克敏さんといえば、今連載中の「とめはねっ! 鈴里高校書道部」がNHKでドラマ化され、私も楽しく観ています。私は原作はまだ読んでいませんが、大河ドラマ以外はTVドラマをめったに観ない私がこのドラマを観ようと思ったのは、その前の河合さんの作品「モンキーターン」がすばらしく面白かったので、次作のこの作品も面白いに違いないと思ったからです。ドラマは期待に違わない面白さですが、何といっても「書道」という、マンガやドラマではあまりなじみのない新鮮な題材を、シリアスとコミカルを巧みに交えながら描いていることが、このドラマの大きな魅力だと思います。

そして「モンキーターン」の魅力も、まさにここにあるのです。作品の舞台は「競艇」、つまりプロのモーターボートレースの世界です。(タイトルの「モンキーターン」とは、モーターボートがコーナーを曲がる時のターン技術の名前です)

私はこのマンガを読むまでは競艇のことはほとんど何も知りませんでしたが、もともとスポーツもマンガも好きなことに加え、競艇という未知の世界に触れた新鮮な驚きと、リアルで迫力のあるストーリー展開、それに時折混ざるコミカルなシーンが面白く、すっかり「モンキーターン・ワールド」にハマりこんでしまいました。

(「あのシーンは何巻のどのへんだっけ?」を知りたくて「モンキーターン年表」を作ってしまったほどです。ここまでくるとハマりすぎですけどね。 苦笑)

< 作品の概要 >

主人公・波多野憲二は甲子園を目指す高校球児でしたが、3年の時の東東京予選は3回戦で敗退、夢破れます。体も大きくなく、パワーもさほどない。「こんなオレに何ができるんだ?」と将来に悩む憲二に、高校の担任教師・筒井が競艇を観に行くことを奨めます。

憲二は幼なじみの生方澄・城ケ崎ありさと埼玉の戸田競艇場に出かけ、レース後に行われた「ペアボート体験試乗」で初めてモーターボートに乗ります。ここで憲二はかなりムチャな乗り方をしますが、「すげえおもしれーっ! スプラッシュマウンテン以上だぜっ!」とモーターボートの面白さにハマり、競艇選手を目指すことをその場で宣言します。

ここから波多野の「水上人生」が始まります。本栖湖の研修所への入学試験に合格し、1年2ヶ月の厳しい研修を経て、地元の平和島競艇でデビュー。大ベテラン選手・古池勘一に弟子入りし、コーナーでの「得意の」転覆やスタートでのフライングに悩みながらも、持ち前の負けん気と度胸のよさ、そして探究心と向上心の高さで着実に結果を出し、経験を積み上げていきます。そしてデビュー後わずか5年、SG(競艇界の最高グレードレース)わずか3戦目にして全日本選手権(ダービー)を制し、SG初優勝を飾ります。

しかし、好事魔多し。その直後のレースでコーナーで落水し、後続の艇に乗り上げられて左手首の大部分をプロペラで断裂する大ケガに見舞われます。手術直後は3日3晩の激痛に苦しみますが、その後地道なリハビリを辛抱強く続け、6ヵ月後に復帰を果たします。

復帰後は、時折襲う左手首の後遺症に悩まされながらも徐々にレース勘を取り戻し、再びSG戦線に挑みます。コーナーでの必殺技「Vモンキー」を身につけた波多野は、ダービー連覇を果たします。

そして迎えた競艇界の最高峰・賞金王決定戦。波多野は同期の宿命のライバル・洞口との激闘を制し、初の賞金王に輝きます。

< 作品の魅力 >

@ 競艇の世界を深くじっくりと味わうことができる

この作品の最大の面白さは、主人公・波多野憲二の「水上人生」を通して、競艇の世界がつぶさに描かれていることです。本栖湖での研修内容、レースに臨む選手たちの心理、ド迫力のレースシーンの中での技術や作戦の解説、一般戦 → GU → GT → SGと出走レースがグレードアップしていく過程、トップレーサー(=真のプロフェッショナル)たちのすごさ。こういった要素がストーリー展開の要所要所にちりばめられており、ストーリーを楽しみながら自然に競艇の世界を理解し、その面白さに魅入られてしまうのです。作者の河合克敏さんの、これも「真のプロの妙技」ですね。

A 波多野とそれを取り巻く個性的な登場人物たち

競艇の世界に入ってくるような人間は、もとから運動神経、勝負根性や度胸などが並みの人間とは違うわけですが、それがプロ同士の激烈な戦いの中でさらに磨かれ、技術的にも人格的にも「勝負師」になっていきます。おのれの頭脳と肉体を駆使してこの世界を渡ってきたレーサーたちは、それぞれが自分なりのポリシーや哲学を持っており、非常に個性的かつ魅力的です。「プロ同士の最高峰の戦い」は、ジャンルを問わず観る者を感嘆させてくれるものですね。

B シリアスとコミカルの巧みな融合

ドラマ「とめはねっ!」もそうですが、この「モンキーターン」も、レースシーンや選手同士のやり取りなどのリアルでシリアスな描写の中に、クスッと笑わせるコミカルなシーンが巧みにちりばめられています。「このシリアスとコミカルの巧みな融合」が河合作品の魅力であり、独特の「河合ワールド」を作り上げているのです。

シリアスばかりだと「ド根性路線」で汗臭くなりますし、コミカルばかりだと底が浅く安っぽくなってしまいます。「シリアスをベースにしてコミカルをちりばめる」。このバランスのよさがストーリーを魅力的にし、読者を惹きつけるのです。


この作品のおかげで、私は「競艇」というすばらしく魅力的な世界と、「競艇レーサー」という凄腕のプロたちの存在を知ることができました。「人生を楽しむ選択肢」を1つ増やしてくれたこの作品と河合さんに、改めて感謝!です。

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2009年12月24日

マンガ名作選 Vol.5 馬なり1ハロン劇場

シリーズ第5弾は、今も大人気連載中の「馬なり1ハロン劇場」(よしだみほ・作)です。私はこのブログでも「スポーツ−競馬」といいうジャンルを作って記事を載せているように、もともと競馬は好きだったんですが、このマンガを知ってますます好きになりました。そういう意味ではこのマンガは、「競馬をますます楽しくしてくれた『恩マンガ』」ですね。

< 作品の概要 >

タイトルでもわかる通り、この作品の主人公は競走馬、サラブレッドです。中央・地方競馬のレース結果をベースにして、出走する競走馬を擬人化し、馬たちが時にはコミカル、時にはシリアスな役を演じます。騎手や調教師、厩務員、馬主、競馬マスコミなど人間が登場することもありますが、彼らはあくまでも脇役。主役は常に「お馬さん」たちです。

今年で連載20周年を迎え、単行本も30巻を数えます。競馬マンガといえば、「優駿たちの蹄跡」(やまさき拓味・作)、「ありゃ馬こりゃ馬」(原作・田原成貴 作画・土田世紀)、「勝算」(原作・田原成貴 作画・本宮ひろ志)が思い浮かびますが、これらは「ノンフィクション or シリアス路線」の作品です。「馬なり1ハロン劇場」では、サラブレッドたちをキャラ付けし、彼ら彼女らをしゃべらせ、走らせ、笑わせ、怒らせながら、さまざまなストーリーが面白おかしく展開していきます。こういう意味ではこの作品は、競馬マンガの新しいジャンルを開拓したと言えるでしょう。

< 作品の魅力 >

@ 登場「馬」物たちの多彩なキャラクター

読んでいて時々不思議に思うのは、「作者のよしださんは、このストーリーをどうやって作っているんだろう? しゃべらない馬たちをどうやってキャラ付けしているんだろう?」ということです。新聞や雑誌に載った騎手や調教師、厩務員の馬についてのコメントを元ネタにしているようですが、それだけであれほど多彩なキャラやストーリーは展開できません。たぶんよしださんの想像力&創造力に、ご自身の人生経験(演劇やドラマの鑑賞歴など)を絡めて紡ぎ出しているんでしょうね。

そうして生まれた馬たちは、コマの中を縦横無尽に駆け回っています。

連載初期のスーパースターは、やはりオグリキャップ。彼はこのマンガの中では、自己顕示欲旺盛で周囲をかき回す存在として描かれています。

「元祖7冠馬」シンボリルドルフは、馬のくせにいつも馬車に乗って正装して登場し(彼の登場を予感させる「シャンシャンシャン・・・」という馬車の音がトレードマークです)、「皇帝」の名に恥じない倣岸不遜な誇り高い馬として描かれています。

10年以上もリーディングサイヤーを続け、日本のサラブレッドの生産界を席巻したサンデーサイレンスは、いつも額に「怒筋」を浮かべながら、息子たちや娘たちの尻を叩く「かなり悪オヤジ」的な存在です。

サンデーの前に永年リーディングサイヤーを続けて一時代を築いたノーザンテーストは、そんなサンデーを横目で見ながら、穏やかに競馬界の行く末を眺めています。

こういう「超大物」たちに、時代を彩る名馬たちや、勝てそうで勝てないイマイチ馬、ルックスやレースぶりなどで独特のキャラを見せる馬たちが絡み、多種多様、ごった煮の面白ストーリーが展開していきます。

A 名物「シリーズ物」の数々

20年以上続いているこの作品は、その中から「名物シリーズ」がたくさん生まれました。ダイタクヘリオスダイイチルビーの恋物語に始まる「恋愛物」。これはその息子のダイタクヤマトメジロダーリングタイキシャトルキョウエイマーチなどへと続き、これらの馬たちがおもに短距離路線の馬だったことから、「恋のマイル戦」という言葉が生まれました。

この他にも、オグリキャップとイナリワンを主人公にした「任侠シリーズ」、地方競馬に出ることの多いダート馬たちが登場する「グルメ旅シリーズ」メイショウサムソン・ドリームパスポートの名コンビが織りなす「サム君・パス君シリーズ」デュランダル、サニングデール、ウインラディウスなど短距離路線の馬たちの戦いを描いた「英雄譚シリーズ」、女性ニュースキャスターを目指すシーイズトウショウを中心とする「キャスターシリーズ」など、人気の名物シリーズが目白押しです。

しかし数あるシリーズ物の中でも、たぶん読者の人気の双璧と思われるのが「商社シリーズ」「ブロコレ倶楽部シリーズ」です。

「商社シリーズ」は、1982〜92年までリーディングサイヤーに輝き、一時代を築いた大種牡馬・ノーザンテースト(「北味」社長)と、1994年以降リーディングサイヤーを続け、ビジネス界を席巻しつつある新興のサンデーサイレンス(「日静」社長)を中心に、レースにエントリーすることを「プレゼン参加」、勝てば「プレゼンに勝利、受注獲得」というストーリーに仕立てた、ロングランの名物シリーズです。このシリーズは、この「超大物」2人が天に召されたあとも、「上」から見下ろすという形で続いています。

「ブロコレ倶楽部シリーズ」は、「勝てそうで勝てない」2・3着が多い馬たちの親睦団体?である「ブロコレ(ブロンズ・コレクター)倶楽部」のメンバーたちが繰り広げる、抱腹絶倒の超人気シリーズです(私も数あるシリーズ物の中で、このシリーズがダントツに一番好きです)。

倶楽部に入会した馬たちは、勝つよりも「3着を目指せ」とメンバーたちにハッパをかけられ、うっかり勝つと「ブロコレが何やってんだー」と先輩たちに叱られ、3着に入ると「ジャストブロンズおめでとう!」とレース後の宴会で褒めちぎられるという「勝ってナンボの競走馬がそれでいいのか?」と読んでるこっちが心配になるほどの(笑)ほんわかお笑いテイストの倶楽部なのです。

しかも入会したあとで7冠馬になったテイエムオペラオーや、ラストランで海外GTを勝った「ブロコレ中興の祖」ステイゴールドなど、「ブロコレに入ると出世する」という妙な流れにもなり、最近は倶楽部の将来を危ぶむ声も上がっています(どこから? 笑)。

B 作品ににじみ出る、よしだみほさんの馬たちや競馬界への深い愛情

何よりも作品を楽しくしているのは、作者であるよしだみほさんの馬たちや競馬の世界への深い愛情が作品からにじみ出ていることです。馬たちを優しく包み、見守るよしださんの暖かい目線がどの作品からも感じられます。

よしださんはネット上に「よしだみほのネットカフェ逍遥馬道」というサイトを開いていて、私はこれを毎週楽しみに拝見しています。その中に競馬界のニュースや「馬なり1ハロン劇場」についてのファンからのコメントによしださんが答えるという楽しいページがあり、先日の朝日杯FSについてコメントを送ったところ、うれしいことにこのコメントがサイトに載り、よしださんがコメントを返して下さいました。あまりうれしかったので、ここに全文を掲載させていただきます。

朝日杯FS、ついにローズキングダムが「バラ一族」に待望のGTタイトル! お母さんのローズバドはGT2着3回、特にトゥザビクトリーのハナ差2着に敗れたエリザベス女王杯の大接戦が忘れられません。ブロコレ倶楽部の「シルコレ女性部長」だった彼女が、ついにGT馬の母となりましたね。この孝行息子は来年のクラシック路線でも間違いなく主役になるでしょう。「バラ一族に栄あれ!」(デュークPanさんより)

(よしだ先生からのおへんじ)

今週は皆様からバラの花束がたくさん届きました…と言いたいようなバラばら薔薇、バラづくしのメールが殺到(笑)。みんな応援していたんですねぇ。「イマイチ馬を次々と輩出」というお笑い評価だったバラ一族もついにGT馬を出しましたか…特に私のマンガでもずいぶん活躍してくれたローズバドの仔ということで喜びもひとしおです。来年のクラシック路線もバラの香りでいっぱいにしてくれるといいなぁ。「一」の文字を抜いたマンガは描かないように気をつけますね(爆)。



馬たちへの愛情にあふれ、競馬の世界を面白おかしく見せてくれる「馬なり1ハロン劇場」。これからもずっと読み続け、楽しみ続けたいと思います。

posted by デュークNave at 09:45| Comment(0) | マンガ・アニメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする