2015年10月24日

「大異」を横に置いて「大同」につく 〜共産党・志位委員長の「国民連合政府」構想への期待〜

永田町に衝撃を与えた、日本共産党・志位和夫委員長の「国民連合政府」構想やや旧聞に属するが、毎日新聞10月15日付夕刊に掲載されたインタビュー記事のポイントをまとめながら、この構想の狙いと可能性に言及してみよう。


○「国民連合政府」構想を発表したのは、安保関連法が未明に成立した9月19日の午後。素早い動きだった。

志位委員長:急いだのは、国民の抗議行動がここまで高揚しているのだから、政党が次の方向をすぐに示すことが、国民の皆さんに対する責任であると考えたからです。


○この構想の狙いは。

志位氏:きっかけは2つありました。1つは国民の声。私自身、国会前の抗議行動に参加して「戦争法(安保関連法)を廃止してほしい」「安倍政権打倒のために野党はまとまれ」という痛切な意見に数多く接しました。もう1つは、今の政治が「非常事態」だとの認識です。立憲主義、平和主義、民主主義、全てが壊されつつある。従来は全選挙区に候補者を擁立する方針でしたが、非常時に同じ対応を続けていたら、国民の皆さんへの責任が果たせない。ここは共産党も変わらなければならないと考え、踏み切りました。


○最大野党の民主党内には、この構想への参加をためらう声がある。

志位氏:選挙協力に注目が集まっていますが、私たちの提案の一番の要は国民連合政府なんです。「戦争法廃止と立憲主義・民主主義の回復」「それを実行する国民連合政府」という国民的大義を明確に掲げてこそ、自民・公明を打ち破ることができる。選挙協力が本当に力を持つものになるためにも、野党が政権構想で一致することが大事なのです。

志位氏:新聞各社の世論調査では、個々の政策への反対は大きいのに、自民党の支持率は30%を超え、安倍内閣の支持率も4割くらいある。国民の目に、野党の強力な受け皿がまだ見えていないからです。自民党に代わる政権の内容を具体的に示せれば、政党支持率などの状況も変わってくるはずです。


○非自民連立政権の細川護熙内閣も民主党政権も、内部の理念の違いを克服できず分裂してしまった。

志位氏:国民連合政府には「戦争法廃止・立憲主義回復」という明確な理念があり、かつこの1点での合意を基礎にした暫定的なものであることを最初から明確にした政府です。実際の政権運営では、まず一致点で協力し、不一致点は横に置くことを原則にします。「小異」だけでなく「大異」も横に置いて「大同」につこうと。「欲張らない」ことが大切です。


○民主党を口説く勝算はあるか。

志位氏:先の国会で内閣不信任案を共同提出して共闘したように、戦争法案との闘いを通じて相互の信頼関係がつくられてきていると思います。誠意をもって粘り強く話し合っていけば、合意できる可能性は十分あると思っています。

国民連合政府は国民が主人公となって国を動かす一大壮挙となります。実現すれば、政治への信頼は必ず回復します。


志位委員長のこの構想とコメントには、共感できる点が多々ある。

1. 国民の声の盛り上がりを呼び起こした「政治の非常事態」

特定秘密保護法の時もじわじわきていたが、今回の安保関連法に際しての国民の反対の声はすさまじかった。SEALDs(Students Emergency Action for Liberal Democracy-s:自由と民主主義のための学生緊急行動)を中心とする若者たちの国会前での抗議集会やデモは数千人から数十万人規模に拡大したし、集会やデモは国会前に限らず全国各地に広がった。また参加する人々の年齢層も、若者のみならず中高年層にも広がっている。これまで政治に関しては「サイレント・マジョリティー:物言わぬ大衆」だった日本人が、ついに声を上げ始め、行動し始めたのだ(これは海外のメディアでも大きく取り上げられた)。

この国民の声の盛り上がりを呼び起こしたのは、志位委員長の指摘する「政治の非常事態」だ。国家機密の枠を広げ、国民の「知る権利」を制限する特定機密保護法。自衛隊の行動範囲を大幅に拡大し、日本を「海外紛争に加担する国」にする安保関連法。いずれも国家権力を強め、国民への圧力を強め、国と国民を危険な方向に向かわせかねない法律である。こんな悪法を、安倍首相に誰も反対しない閣議で決定し、国民の反対の声に耳を傾けず、国会での論議にも真摯に対応せず、数にモノを言わせて強引に採決して成立させてしまった。


大多数の憲法学者が「違憲」と断じた安保関連法を成立させたのは「立憲主義の崩壊」、国民の反対の声を無視するのは「民主主義の崩壊」、そして知る権利を制限し、国民を戦争に巻き込むのは「自由主義の崩壊」だ。


2012年12月の衆議院選挙で自民党が圧勝して政権交代した時、私は「いくら何でも自民党に勝たせすぎだ」という記事をこのブログに載せ(http://keep-alive.seesaa.net/article/308183207.html?1445629505)、「民主はボロ負けするだろうが、自民もそんなに勝っては困る。あまり勝つと、かつての『数の論理』での力まかせの悪政がまた復活するだろうから」とコメントした。そして今、この予言、というより悪い予感がズバリ的中してしまっている。

ただ私も、ここまでひどい暴政、やりたい放題をやるとは想像できなかった。この日本では「独裁」はそうめったに起こらないだろうと思っていたのだが、それがこうもあっさりと、しかもここまで猛威を振るうとは思っていなかったのだ。安倍晋三という男は、私、そして多くの国民の想像を絶する暴君だったのである。


「これ以上安倍首相の暴政を許すわけにはいかない」。いま全国に上がっている怒りの声は、日本の行く末への危機と、自分や子供たちの身の危険を敏感かつ切実に感じての「本能的な行動」だと思う。「今声を上げて安倍政権を倒さないと、国も自分たちも大変なことになってしまうぞ」という本能的な危機感の表れなのだ。


2. 「小異」だけでなく「大異」も横に置いて「大同」につこう:この実現を切望する!

「数」を与えてしまったがゆえに自民党が、いや安倍首相が大暴走してしまったことは、今や多くの国民が理解しているし、後悔している人も多々あろうと思う。この思いをもっとも効率的にかつ強烈にぶつける場は来年6月の参議院選挙だが、野党がまとまっていない今のままでは、「反安倍政権」の票が十分には選挙結果に反映されない。

「国民連合政府」構想を提示された民主党が共産党に「党名を変えろ」とかセコいことを言っているようだが、今はそんな細かいことにこだわっている時ではない。志位委員長が主張している通り、今は「安倍政権打倒」この1点のために大同団結しなければならないのだ。これが盛り上がっている国民の声をもっとも効率的にかつ強烈に吸い上げる唯一の方法だ。


党の方針だの政策だのはこの際わきに置いて、「国家の危機を防ぐ」ために手を組め。


これが多くの国民が野党に求めていることだろう。この国民の切実な声を肌身に感じることができるか。大きな視野と器を持って「『大異』を横に置いて『大同』につく」を貫くことができるか。今こそ、野党の度量が試されている。


posted by デュークNave at 05:48| Comment(0) | 政治・時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月29日

国民をナメとんのか、安倍首相! 〜国会「閉会」後の記者会見を聞いて〜

戦後最大95日の会期延長となった通常国会が27日、事実上閉会した。これを受けて安倍晋三首相が記者会見を行ったが、この人の「変わり身の早さ」に呆れてしまった。

首相は安保関連法案については、ほんの少し触れただけでさらりと流した。国論が二分されたことを「『戦争法案』というレッテルをはがしていきたい」と語ったが(この「レッテル」という言葉を何度も繰り返した)、それは本来国会審議の中で行うべきもの。しかし審議ではのらりくらりとかわすだけで、真摯にレッテルはがしをしようという姿勢は見られなかった。

こうして国中を大騒ぎさせた安保関連法案についてはさらっと触れただけで、話を経済・景気対策に持っていった。「1億総活躍社会」を目指し、担当大臣を置き、多岐にわたる政策を総動員するための「国民会議」を設置するとのこと。


しかしこれは、どうみても「目くらまし」としか思えない。国民にとって耳触りのいい景気対策を中心に持ってきて(しかも「1億総活躍社会」などという大仰なアドバルーンを上げて)、

「はい国民の皆さん、これから政府は皆さんの生活をよくするために頑張ります。だから安保法案のことは早く忘れてね。そんで来年の選挙(6月の参議院議員総選挙)の時は、また与党に投票してね〜」

これが安倍首相の本音であり、また狙いだろう。



27日朝のTBS「サンデーモーニング」の最後のコーナー「風を読む」では、この「安保関連法案のあとに経済・景気対策」というパターンを「デジャヴ・・・?」というタイトルをつけ、岸信介政権での60年安保〜池田勇人政権での所得倍増計画と関連させ、「いつか来た道」という視点で捉えていた。

しかし政権が代われば政策も変わるのは当然であることに加え、当時岸首相は「タカ派」、池田首相は「ハト派」と呼ばれており、政策の中心が安全保障から景気対策に転換したのはむしろ必然だったといえる。

ところが今回の安倍首相の場合は、同じ政権が続き、しかも「ウルトラタカ派」の人が政権をほとんど暴力的に引っぱっている中でのことである。こんな人が国民の生活の向上を真剣に考えているとは信じがたく、今回の「目指せ1億総活躍社会」政策は、どう見ても「国民に早く安保法を忘れさせるための『目線そらし作戦』」としか思えない。



「国民をナメとんのか!」


安保関連法案をめぐって全国で反対デモが巻き起こっても、安倍首相は「勝手に騒いでろ」とばかりにまったく涼しい顔をしていた。それが成立すると、何事もなかったかのようにまた涼しい顔をして、今度は景気対策で国民の機嫌取りをする。

こんなことにごまかされてはいけない。過去2度の国政選挙で与党に圧勝させてしまったために、こんな暴政がまかり通る事態を招いてしまった。この責任の第一は国民にある。野党がどんなに抵抗しても「数」で押し切られてしまうことが、今回の安保関連法案で改めて明白になった。そしてこの「数」を与えたのは、我々国民なのだ。

この暴政を止めるために我々国民にできること:それは今の怒りを持続させて(安倍首相が目論んでいる「忘れる」ことを決してせずに)、来年の参議院議員総選挙で「反・安倍政権」の票を投じることだ。「たかが1票、されど1票」。数に乗っかって傲慢極まる安倍政権に、市民の力を見せつけるためにはこれしかないのだ。


“Remember 安保関連法案”!

“Remember ゴリ押し採決”!



P.S. 9月20日のブログ記事に書いた、毎日新聞「浜矩子の危機の真相」へのネットからの投稿が、9月28日付の毎日新聞朝刊の「みんなの広場」面に掲載されました。毎日新聞ご購読でおヒマな方は(笑)、ご一読いただけるとうれしいです。

posted by デュークNave at 05:32| Comment(0) | 政治・時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月20日

「声なき声が声を上げる時」 〜「ゴリ押し」安保法案が「グローバル市民主義」を呼び起こすか〜

安保関連法案が「成立してしまった」。野党がどんなに抵抗しようともそれは引き延ばしにすぎず、時間の問題で成立してしまうことはわかっていたが、その「やり口」がまたえらく強引だったのにはあきれ返った。こんなやり方がまかり通り、それに異を唱える議員が与党内に全くと言っていいほどいないとは(安倍首相が自民党総裁選で無投票で再選されたことが改めてこれをはっきりと示した)。言うだけ言って、あとは「見ざる・聞かざる」を決め込む。もはや永田町、というより首相官邸と自民党本部だけが、「政治のガラパゴス化」してしまったようだ。

こう思っていたら、昨日付の毎日新聞のある記事を読んで、心に光明が差した。私が毎回愛読している「浜矩子の危機の真相」だ。

http://mainichi.jp/shimen/news/20150919ddm005070003000c.html

このすばらしいコラムに感激した私は、すぐさま毎日新聞のHPの読者投稿欄「みんなの広場」に投稿した(ネットから投稿したのはこれが初めて)。

≪9月19日付本紙、「浜矩子の危機の真相」に大きな勇気をいただきました。安保関連法案を「とんでもない強行姿勢」で成立させようとする与党に対し、国会周辺などで反対の声を高らかに上げる多くの市民たち。この姿に「ひょっとすると、今、我々はこの日本でグローバル市民主義が芽吹く瞬間を目の当たりにしているのかもしれない」と筆者。この流れは、単に安保法案だけではなく、今後もずっと続いてほしい、いや続けなければならないと強く思わされました。私も市民の一員として、自分のできる限りで行動し、意思を表明しようとの意を強くしました。日本国民よ、行動しよう!「声なき声」ではなく、勇気をもって自らの声を上げよう!≫

これまでも私はこのブログで、時たま政治の話題を取り上げてきたが、これからはもっともっと積極的に政治について語り、モノ申していこうと思う。自分にそう決意させてくれた浜教授に、大感謝!


posted by デュークNave at 07:00| Comment(0) | 政治・時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月05日

「卑怯者」安倍晋三首相、歴史に悪名を残すのは必至 〜安保関連法案などの騒動に思う〜

反対する野党や国民の多くが「戦争法案」と呼ぶ安保関連法案が、与党の単独採決で衆議院を通過し、今は参議院での審議が続いている。しかし衆議院と同様に、形だけの審議をしてあとは数にモノを言わせての強行採決、または「90日ルール」を使っての衆議院再可決に持ち込まれることは目に見えている。


安保関連法案についての一連の流れを見て、思うことがある。

@ 法案そのものの危険性
A 採決に至る「手口」があまりにも強引、というより卑怯


この2点だ。


@ 法案そのものの危険性

安倍首相は「この法案によって世界の平和により積極的に貢献する」と繰り返し語っているが、海外紛争のほとんどに関与しているのはアメリカなのだ。自衛隊の活動領域やその内容を拡大することで、アメリカの関与する海外紛争に日本がよりディープにつき合えば、結果的には「対米追随路線」をより強化し、「日米同盟」をより強固にすることになる。首相がどう言いつくろおうと、この意味での「世界への貢献」は、ほぼイコール「アメリカへの追随」になってしまうのだ。

しかし・・・、現在の国際情勢の下でこんな旧態依然とした路線を選択するとは、安倍晋三という人は世界の流れが見えていないな、と思う。血の気の多いヤンキー気質丸出しだったブッシュ政権からオバマ政権に代わり、アメリカは穏健外交路線に転換した。海外紛争への介入にも積極的ではなく、「世界の警察国家」の座から降りようとしているようにも見える。

翻って日本の置かれている状況を見ると、確かに中国、韓国や北朝鮮とはきな臭い関係が続いているが、これは現行の安保法や個別的自衛権で十分に対処できる。

それと何より問題なのは、この法案の成立によって、日本が戦後70年築いてきた「平和国家」の看板を自ら降ろすことになることだ。アメリカの起こす海外紛争に日本がディープにつき合えば、相手方はアメリカと日本を同様の敵とみなして日本を攻撃してくるだろう。安倍首相の言う「積極的平和主義」によって、自衛隊員のみならず自国の国民をも危険にさらすことになることを、首相本人は認識しているのだろうか。


A 採決に至る「手口」があまりにも強引、というより卑怯

この安保関連法案については、憲法学者の多くが「違憲」と判断している(自民党が選んだ憲法学者さえ違憲との所見を表明した)。また上記のように、この法案は戦後70年築いてきた日本の安全保障の方針を根本から変えるものだ。

専門家が「違憲」というなら憲法を改正せねばならないし、そのためには国民投票を行わねばならない。ところが安倍政権は、「憲法解釈の変更」というもっとも手間のかからない方法で、これほど多くの問題を抱えた法案を成立させようとしている。

安倍首相は何度も「この法案は、日本と日本国民の平和と安全に貢献するものと確信している」と表明している。それほどの確信があるのなら、堂々と全国民の判断を仰ぎ、胸を張って憲法を改正すればいいではないか。ところが首相が選んだのは、反対する者が誰もいない「閣議決定」と、審議で適当にお茶を濁しておけばあとは数で可決できる「国会での採決」という「省エネルート」だった。我らが愛すべき日本国は、こうしてほとんど首相個人の政治的信念によって、「いつか来た危険な道」に舞い戻ろうとしているのである。


小泉首相の時の郵政民営化も、「首相の個人的な政治信念で強引に進める」という点では同じだった。しかし郵政民営化はあくまで「国内事情」に留まるのに対し、安保関連法案は極めて国際的であり、国民の生命と安全に直接影響を及ぼすとともに、戦後70年築いてきたこの国の平和国家たる基盤を根底から崩すことにつながる。こんな重要な法案を、「個人的な政治信念で強引に進める」ことは許されることではない。

これまでも数にモノを言わせた強硬な手法で非難を浴びてきた安倍政権だが、この安保関連法案でさらにその傾向は強まり、「独裁・ファッショ体制」がさらに色濃くなってきた。このままでは安倍晋三という人は、史上まれにみる強権政治家として、日本近代政治史に悪名を残すことになるのは必至だろう。


posted by デュークNave at 06:13| Comment(0) | 政治・時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月16日

図に乗るなよ、安倍首相! アンタは「勝った」わけじゃない! 〜衆議院議員「今のうち」総選挙の結果から〜

投票日である14日(日)、私はフィギュア・GPファイナルの記事を仕上げるのに早朝から大忙しであり、外出の用事があったので10時には部屋を出なければならなかったのだが、「投票しなければ選挙や政治について語る資格はない」と思っていたので、貴重な時間を割いて投票には行ってきた(小選挙区の票が「死に票」になるのはわかっていたが、せめて比例代表の票を生かそうと思ったのだ。結果を見て、確かに「生きた」のがわかってよかった)

自民 291  民主 73  維新 41  公明 35  共産 21  次世代 2
生活 2    社民 2   改革 0   諸派 0   無所属 8


与党(自民・公明)は計326議席。自民が公示前より4つ減らした分を公明が4つ増やしてプラスマイナスゼロに持ち込んだ。民主は11増、維新は横ばい、共産は前回の8から倍以上の大幅増、次世代は20から2と壊滅的な減少となった。

安倍晋三首相や与党は勝利宣言をしている。確かに負けたわけではない。しかし本当に「勝った」と言えるのだろうか。


選挙戦たけなわの8日(月)付の毎日新聞一面トップ。自民党の当選者数予想は「303〜320:小選挙区229〜241・比例代表74〜79」となっており、公示前勢力をさらに増やす予想になっていた。私はこれを読んで「日本人ってやっぱり政治についてはバカで無気力なんだな」といたく落胆した。「あのやりたい放題の安倍政権にさらに力を与えようなんて、正気の沙汰じゃない」と思ったからだ。

しかし結果は、増えるどころか逆に議席を減らした。しかも投票率は、戦後最低だった前回の2012年(59.32%)を大幅に下回る52.67%だったにもかかわらず、だ。投票率が低いということは無党派層の投票率が低いことを意味し、「組織票・命」の自民党にとってはかなり有利だったはずだ。

これが何を意味するのか。「無党派層のかなりの数が『反自民・反安倍政権』票を投じた」ということだろう。事前の報道で「自民圧勝」の報がなされても消沈せず、しっかりと「安倍政権NO!」の意思表示をした人が、前回選挙よりもかなり増えたことを意味していると思う。この結果を見て、「日本人の政治意識も捨てたもんじゃないな」と胸をなでおろし、「バカで無気力なんて言ってゴメンなさい!」とひそかにお詫びした私でした。

・・・ただ、この「強い反発」に安倍首相が配慮することはまずないだろう(というか、気付いてもいないのではないか)。数では圧倒的な勢力を保っているのは変わりないので、これまで通りの「数にモノを言わせた強権政治」が続くのは目に見えている。だから私は、今後の安倍政権にはほとんど期待はしていない。政治には一定の関心を保ち、注視はしていくが、我々一般庶民のことは全く視界にない「安倍・お坊ちゃま政治」に期待などできないのだ。そんなヒマがあったら、「今自分がやるべきこと・やりたいこと」に持てるエナジーを注力する方が大事だ。

以上、独断と偏見の「大義なき」総選挙の総括でした。


posted by デュークNave at 04:29| Comment(0) | 政治・時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする