2015年09月05日

「卑怯者」安倍晋三首相、歴史に悪名を残すのは必至 〜安保関連法案などの騒動に思う〜

反対する野党や国民の多くが「戦争法案」と呼ぶ安保関連法案が、与党の単独採決で衆議院を通過し、今は参議院での審議が続いている。しかし衆議院と同様に、形だけの審議をしてあとは数にモノを言わせての強行採決、または「90日ルール」を使っての衆議院再可決に持ち込まれることは目に見えている。


安保関連法案についての一連の流れを見て、思うことがある。

@ 法案そのものの危険性
A 採決に至る「手口」があまりにも強引、というより卑怯


この2点だ。


@ 法案そのものの危険性

安倍首相は「この法案によって世界の平和により積極的に貢献する」と繰り返し語っているが、海外紛争のほとんどに関与しているのはアメリカなのだ。自衛隊の活動領域やその内容を拡大することで、アメリカの関与する海外紛争に日本がよりディープにつき合えば、結果的には「対米追随路線」をより強化し、「日米同盟」をより強固にすることになる。首相がどう言いつくろおうと、この意味での「世界への貢献」は、ほぼイコール「アメリカへの追随」になってしまうのだ。

しかし・・・、現在の国際情勢の下でこんな旧態依然とした路線を選択するとは、安倍晋三という人は世界の流れが見えていないな、と思う。血の気の多いヤンキー気質丸出しだったブッシュ政権からオバマ政権に代わり、アメリカは穏健外交路線に転換した。海外紛争への介入にも積極的ではなく、「世界の警察国家」の座から降りようとしているようにも見える。

翻って日本の置かれている状況を見ると、確かに中国、韓国や北朝鮮とはきな臭い関係が続いているが、これは現行の安保法や個別的自衛権で十分に対処できる。

それと何より問題なのは、この法案の成立によって、日本が戦後70年築いてきた「平和国家」の看板を自ら降ろすことになることだ。アメリカの起こす海外紛争に日本がディープにつき合えば、相手方はアメリカと日本を同様の敵とみなして日本を攻撃してくるだろう。安倍首相の言う「積極的平和主義」によって、自衛隊員のみならず自国の国民をも危険にさらすことになることを、首相本人は認識しているのだろうか。


A 採決に至る「手口」があまりにも強引、というより卑怯

この安保関連法案については、憲法学者の多くが「違憲」と判断している(自民党が選んだ憲法学者さえ違憲との所見を表明した)。また上記のように、この法案は戦後70年築いてきた日本の安全保障の方針を根本から変えるものだ。

専門家が「違憲」というなら憲法を改正せねばならないし、そのためには国民投票を行わねばならない。ところが安倍政権は、「憲法解釈の変更」というもっとも手間のかからない方法で、これほど多くの問題を抱えた法案を成立させようとしている。

安倍首相は何度も「この法案は、日本と日本国民の平和と安全に貢献するものと確信している」と表明している。それほどの確信があるのなら、堂々と全国民の判断を仰ぎ、胸を張って憲法を改正すればいいではないか。ところが首相が選んだのは、反対する者が誰もいない「閣議決定」と、審議で適当にお茶を濁しておけばあとは数で可決できる「国会での採決」という「省エネルート」だった。我らが愛すべき日本国は、こうしてほとんど首相個人の政治的信念によって、「いつか来た危険な道」に舞い戻ろうとしているのである。


小泉首相の時の郵政民営化も、「首相の個人的な政治信念で強引に進める」という点では同じだった。しかし郵政民営化はあくまで「国内事情」に留まるのに対し、安保関連法案は極めて国際的であり、国民の生命と安全に直接影響を及ぼすとともに、戦後70年築いてきたこの国の平和国家たる基盤を根底から崩すことにつながる。こんな重要な法案を、「個人的な政治信念で強引に進める」ことは許されることではない。

これまでも数にモノを言わせた強硬な手法で非難を浴びてきた安倍政権だが、この安保関連法案でさらにその傾向は強まり、「独裁・ファッショ体制」がさらに色濃くなってきた。このままでは安倍晋三という人は、史上まれにみる強権政治家として、日本近代政治史に悪名を残すことになるのは必至だろう。


posted by デュークNave at 06:13| Comment(0) | 政治・時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月16日

図に乗るなよ、安倍首相! アンタは「勝った」わけじゃない! 〜衆議院議員「今のうち」総選挙の結果から〜

投票日である14日(日)、私はフィギュア・GPファイナルの記事を仕上げるのに早朝から大忙しであり、外出の用事があったので10時には部屋を出なければならなかったのだが、「投票しなければ選挙や政治について語る資格はない」と思っていたので、貴重な時間を割いて投票には行ってきた(小選挙区の票が「死に票」になるのはわかっていたが、せめて比例代表の票を生かそうと思ったのだ。結果を見て、確かに「生きた」のがわかってよかった)

自民 291  民主 73  維新 41  公明 35  共産 21  次世代 2
生活 2    社民 2   改革 0   諸派 0   無所属 8


与党(自民・公明)は計326議席。自民が公示前より4つ減らした分を公明が4つ増やしてプラスマイナスゼロに持ち込んだ。民主は11増、維新は横ばい、共産は前回の8から倍以上の大幅増、次世代は20から2と壊滅的な減少となった。

安倍晋三首相や与党は勝利宣言をしている。確かに負けたわけではない。しかし本当に「勝った」と言えるのだろうか。


選挙戦たけなわの8日(月)付の毎日新聞一面トップ。自民党の当選者数予想は「303〜320:小選挙区229〜241・比例代表74〜79」となっており、公示前勢力をさらに増やす予想になっていた。私はこれを読んで「日本人ってやっぱり政治についてはバカで無気力なんだな」といたく落胆した。「あのやりたい放題の安倍政権にさらに力を与えようなんて、正気の沙汰じゃない」と思ったからだ。

しかし結果は、増えるどころか逆に議席を減らした。しかも投票率は、戦後最低だった前回の2012年(59.32%)を大幅に下回る52.67%だったにもかかわらず、だ。投票率が低いということは無党派層の投票率が低いことを意味し、「組織票・命」の自民党にとってはかなり有利だったはずだ。

これが何を意味するのか。「無党派層のかなりの数が『反自民・反安倍政権』票を投じた」ということだろう。事前の報道で「自民圧勝」の報がなされても消沈せず、しっかりと「安倍政権NO!」の意思表示をした人が、前回選挙よりもかなり増えたことを意味していると思う。この結果を見て、「日本人の政治意識も捨てたもんじゃないな」と胸をなでおろし、「バカで無気力なんて言ってゴメンなさい!」とひそかにお詫びした私でした。

・・・ただ、この「強い反発」に安倍首相が配慮することはまずないだろう(というか、気付いてもいないのではないか)。数では圧倒的な勢力を保っているのは変わりないので、これまで通りの「数にモノを言わせた強権政治」が続くのは目に見えている。だから私は、今後の安倍政権にはほとんど期待はしていない。政治には一定の関心を保ち、注視はしていくが、我々一般庶民のことは全く視界にない「安倍・お坊ちゃま政治」に期待などできないのだ。そんなヒマがあったら、「今自分がやるべきこと・やりたいこと」に持てるエナジーを注力する方が大事だ。

以上、独断と偏見の「大義なき」総選挙の総括でした。


posted by デュークNave at 04:29| Comment(0) | 政治・時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月07日

「懐の浅い」今の与党に、日本の今と将来を託していいのか? 〜衆議院議員総選挙「中日」に思う〜

衆議院議員総選挙の投票日まであと1週間となった。告示が2日だったから、今日の日曜日はさしずめ相撲の「中日」みたいなものか。現行の小選挙区制は大政党に有利で、多くの「死に票」が出ることが欠点と言われているが(2年前の総選挙で自民党が圧勝したのも、この欠点が露呈したもの)1つだけ利点がある。候補者の数が少ないため、あのウザい選挙カーに出くわすことも少ないことだ(笑)。

ところで5日付の毎日新聞の朝刊に、興味深いコラムが載っていた。その内容を要約すると・・・

《今回の解散・総選挙は「なぜ今、何のために選挙するの?」と日本人の我々でも「?」。まして在日の外国人には「????」だ。このたくさんの「?」に答えてほしいと、日本外国特派員協会が各党に会見を申し込んだ。

民主、維新、次世代、生活の各野党は党首か幹事長がやって来た(共産は来週の予定)。ところが肝心の与党が、自民の安倍首相、NO.2の谷垣幹事長とも「スケジュール的に無理」との回答。次のランクの幹部をと依頼しても「物理的に不可能」。公明も「日程を調整できない」と断る。

外国通信社のATPは「日本のメディアより手厳しいから避けたのでは?」と特派員たちの解釈を伝える。協会の会見担当者であるデビッド・マクニール氏は「世界3位の経済について質問を受ける責任の放棄。仲間の多くがそう受け止めています」とコメントした。

自民党の広報は「票を持たない外国人軽視でも、厳しい質問から逃げようというのでもない」と弁明し、あくまで日程の事情を強調しているが、もっと大変そうな野党は都合をつけて応じている。


ここで筆者は自身の特派員時代を思い出す。

《ユーロへの加盟を問う国民投票の取材でスウェーデンに行った時のこと。外国人記者たちの前で政府の人が現地テレビの開票速報を英語に訳してくれて、最後の一人の記者までつき合ってくれた。真夜中には各党の代表が会見に来てくれた。》


筆者は最後にこう締めくくる。

国の懐の深さを本当に知るのは、そういう体験だ。会見で語られる言葉以上に、長く、深く効く力があるのだけれど。

こういう意味では、今の政権与党は「懐が浅い」ことになる。「長く深く効く」ことよりも目先の選挙の票が気になり、こっちを優先してしまっているのだ。考えてみれば、特定秘密保護法や集団的自衛権といった、今後長きにわたり影響を及ぼす国家の基盤に関する重要な政策も、やたら拙速に決めてしまった。

この2つや靖国参拝には安倍首相の政治的信念が色濃く表れており、「長年抱いていた信念を、政権を握っている間に実現させよう」という魂胆がはっきりと見える。しかしいくら首相とはいえ、一個人の信念によって国家の大事が塗り替えられるのは危険極まりない。政治家が抱く信念という「目先」のために、国家の将来に「長く深い」禍根を残すことになりかねないのだ。

14日の投票日、「大義のない」選挙にシラけている人も多いようだが、放っておくとこの国はどんどん危険なところに持って行かれそうだ。ですから皆さん、何とか「日程と時間の都合をつけて」、投票所に行きましょう!




P.S. 本文とは全く関係ありませんが、先日「よしだみほドットコム」におことづけを送ったところ、またもよしだ先生からのお返事付きでサイトに掲載されましたので、またも勝手に掲載させていただきます。

馬なり1ハロン劇場2014秋、さっそく購入しました。いやあ、あの帯だけで買いたくなりますね(笑)。「銀より輝く金の魂!」「ポーカーフェイスの仮面を脱いで、ジャスタウエイついに爆発!」最高のコピーです。ところで巻末マンガにありましたが、骨折のその後の状態はいかがですか? (デュークnaveさんより)

(よしだ先生のお返事)
ご購読、大感謝いたします。いつもありがとうございます。えー骨折ですが…単行本をまだお読みでない方にちょこっと説明いたしますと、9月なかばに足の甲の小指につながる骨をペキッと骨折してしまいまして。ほんの1本だけで程度は軽いものだったので、1ヶ月ぐらいでキレイにくっつきました。しかし人間の身体というのはやっかいなもので、骨はくっついてもその間に動かさないでいた他の部分が固くなったり動きにくくなったりしてしまうんですね。騎手の皆さんにとってはちょっとした骨折なんて日常茶飯事のように言われますけど、何の違和感もない元の身体に戻るってどんなに大変か…ましてや競走馬は?…色々考えさせられました。おかげさまで今はもう以前と変わりなくスタスタ歩いてます、どうぞご心配なく。


posted by デュークNave at 08:14| Comment(0) | 政治・時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年02月09日

「国民の権利」はきちんと行使しよう 〜東京都知事選挙〜

今日は東京都知事選挙の投票日だ。ただ告示以来、私の大嫌いな選挙カーが私の生活の範囲内に割り込んでこず(1度だけ、元航空幕僚長の選挙カーが駅頭で叫んでいたのが聞こえたが)、平穏な日々を過ごせたため、わが関心は高いとはいえなかった。さらに昨日の大雪で、道路が「雪浸し」になっている。今日は本を買いに出かける予定にしていたのだが、指定された投票所が最寄り駅の真逆方向で、「こんな足元の悪い中、わざわざ遠回りしてまで投票に行く気がしないな」と、最初は棄権しようかと思っていた。

しかし購読している毎日新聞の別刷りの「日曜くらぶ」に連載されている、松尾貴史氏の「ちょっと違和感」を読んで気が変わった。松尾氏は都知事選挙の投票を呼びかけ、「投票を棄権することは、あなたの気に入らない候補者を利することになる」と説く(正確な文面は忘れたが、こういうニュアンスだった)。

「その通りだな」と思った。また、こういう投票所に足が遠のきそうなコンディションの時は、どうしても投票率が下がる。投票率が下がると、これも私の大嫌いな組織政党に有利になる。そうなると自民党がバックにいるあのオッサンが当選する・・・。私は別にあのオッサンが嫌いではないが、「組織・数にモノを言わせる」というやり方が嫌いなので(だからガチガチの組織政党2つから成る今の連立与党も支持しない)、それにささやかな抵抗をするべく、投票に行くことに決めた。

車のわだちでデコボコになった雪道を歩くこと10分余、投票所に着いた。この「道悪」の中、チラホラだが人は来ている。手早く投票を済ませ、その足で駅に向かった。往復25分のタイムロスだ。

でも、行ってよかったと思う。こういう数少ない国民の権利をちゃんと行使しないと、しっかりと社会人をやっている気がしなくなる。これからも、少なくとも国会議員や都知事の選挙では必ず投票しようと思う。

さて「原発ゼロ」が大きな争点となった今回の都知事選、投票率はどのくらいになるのか。そして結果は?

posted by デュークNave at 16:22| Comment(0) | 政治・時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月24日

あぶない安倍政治 〜「分水嶺という覚悟」はあるのか?〜

この国、危ない、というよりヤバいんじゃないか? 最近、とみにこう思うようになった。

去年12月に発足した第2次安倍政権。「金融緩和・財政出動・成長戦略」の三本の矢を主要政策に掲げ、一の矢では日銀が実施した「異次元の量的緩和」が円安・株高を呼び、大企業の経営陣を狂喜させた。二の矢はお決まりの公共事業が主だったが、何もしないよりはましということでそれなりの評価は得た。最後の矢・成長戦略は、その内容を見て市場が株安に反応するほど期待外れだったが、三本を総合すると、「まあ悪くはないんじゃないの」というのが現時点での世間の反応のようだ。ただ私を含め、「まだ始まったばかりだ、この先もじっと見つめていないと」と、今後の推移を注視している向きも多いだろう。

この三本の矢に対する疑念も消えないが、私がもっとも危惧するのは、この政権が日本を危ないところに持っていこうとしている気がすることだ。

ちょっと前の記事になるが、毎日新聞の11月13日付朝刊、倉重篤郎編集委員の「水説」というコラムが興味深かった。タイトルは『「分水嶺」という覚悟』。「日本は今歴史の分水嶺にある、と思う」という指摘から、下記のようなポイントを挙げて解説している。


@成長政策:異次元緩和政策をどう着地させるか。成功すればデフレ脱却という目標を達成できるが、失敗すれば国債暴落という過去に経験のない混乱を生む。

A財政健全化:15年消費税10%の可否、社会保障費の構造的抑制に取り組むかどうかが致命的な差を生む。

B原発・エネルギー政策:現行の再稼動・核燃料サイクル継続路線か、小泉元首相提唱の原発ゼロか、その中間か。どの道にしても子々孫々の生活に甚大なる影響を与えることは確実だ。

C外交・安保政策:台頭する中国と衰微するアメリカとの間でどう国家、国民を守るか。そのバランスが崩れた部分を何で補うのか。軍備強化というハードパワーか、官民の外交能力向上によるソフトパワーか。北方・竹島・尖閣の領土問題は、一歩も譲らぬ原則路線か、足して二で割る柔軟路線か。

これだけの分水嶺である。為政者もさることながら、結果を享受する国民にも覚悟が必要だ。安倍政権といえども国民の協力なくしては乗り切れまい。そのためには情報の共有が決定的に重要であることは言を待たない。それを妨げる公算大の特定秘密保護法はゆめゆめごり押しすることなかれ。



実に明快な分析と解説であり、今この国が大変な岐路に立っていることが身震いするほどよくわかる。

しかし私はこれ以外にも、その事態の推移に恐怖を抱いている次の3つの分水嶺があると思っている。

D憲法改正:改憲手続を定めた96条の改正を目指しているようだが、その最終的な狙いが9条の改正、つまり自衛隊を成文上も合憲化し、国防軍に改め、日本を再び「戦争のできる国」にしようという目論見であることは誰もが見抜いている。安倍首相は今すぐ着手するつもりはないようだが、次の選挙までの3年の間にやってしまおうと考えているのは間違いない。戦後生まれの貧困を知らないボンボン首相が、この国を「いつか来た道」に迷い込ませようとしているのだ。

E集団的自衛権:安倍政権が「世界に貢献する積極外交政策」の一環として進めようとしているものだ。これはDの憲法改正とも関連していて、自衛隊(国防軍)が合憲化されれば、その行動範囲もこれまで以上に拡大解釈しやすくなる。これは「戦争のできる国」から「戦争のしやすい国」へのステップアップになりはしないか。

F特定秘密保護法:上記のコラムでも触れているが、この恐るべき法案が26日にも衆議院で可決される見込みだ。

この法案は簡単に言うと、外交・防衛・テロ・スパイ防止の4項目について、担当官庁の判断で情報を秘匿することができるというものだ。多くのマスメディアが指摘しているように、この法案が問題なのは、情報を「特定秘密」に指定する権限が担当官庁に一方的に委ねられていて、それが正当かどうかのチェックが国会にも裁判所にも、我々国民にもできないということだ。いわゆる国民の「知る権利」の侵害だ、というわけである。

他にもさまざまな問題点はあるのだが、ここでは割愛する。私が一番危惧しているのは、「この法案が成立することで、『行政の膨張』がますます進んでしまうんじゃないか」ということだ。

憲法上は立法・行政・司法の「三権分立」が謳われているが、現実的には行政がどんどん膨張しているのは周知の通りだ(国会での与野党の答弁の「台本」を担当官庁の役人が作るのは「永田町の常識」だし、行政庁である中央官庁が「通達」などの名目で実質的な法令を定めるのも「霞ヶ関の不文律」だ)。

このような状況でこんな法が制定されてしまったら、ただでさえ権限の確保とその拡張に熱心な中央官庁が、恣意的に「特定秘密」の範囲を広げてしまう危険性はかなり大きい。それに罰せられるのは、秘密を漏洩した役人だけではなく、それを引き出そうとしたマスメディアや、たまたま耳にしたり目にした一般庶民にも累が及ぶ危険性があるという。

私はこの特定秘密法案に関する連日の報道を読んで、「これは戦前の治安維持法みたいなものなんじゃないか」と思っていたのだが、先日まさにこれを指摘した専門家のコラムが毎日新聞に載り、「わが意を得たり」だった(しかし「治安維持法」なんて、私にとっては「歴史用語」でしかなかったのだが、まさか現実にその脅威にさらされようとは思わなかった)



憲法を改正して「戦争のできる国」に変え、国家機密を膨張させて国民の知らないところで国を動かす。これはまさに「戦前の帝国主義への逆行」ではないのか。これはちょっと極端な考えかもしれないが、安倍政権のやることが何やらきな臭くなってきたことは確かだ。このまま安穏とこの国に身を委ねていていいのか? 英語学習を再開した私だが、その動機に「いつでもこの国を脱出して海外で生活できるように準備しておこう」という思いが加わった。

posted by デュークNave at 14:49| Comment(0) | 政治・時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする