2016年07月09日

皆さん、このまま安倍政権にやらせたら、マジでヤバいよ! 〜 安倍政権NO!シリーズ Vol.3 〜

もう、こんな記事を書く気力も失われつつある。6日(水)付毎日新聞朝刊、1面トップは参議院議員選挙の中間状況報告・第二弾。「改憲勢力3分の2の勢い」は相も変わらない。ただ4割が「まだ誰に投票するか決めていない」ので情勢は流動的、というのも前回(6月24日)の中間状況報告・第一弾と同じだ。

しかし「情勢は流動的」といいながら、結局はこの中間状況とさほど変わらない結果になるのが、第二次安倍政権発足から3度経てきた国会議員選挙の「通例」だ。ということは明日の投票結果も、結局は「改憲勢力に3分の2を許す」ことになるのが濃厚な情勢ということだ。


日本国民は、安倍政権が目指す「改憲」がどういう内容のものなのかわかっているのだろうか。私は「赤ペンチェック 自民党憲法改正草案」(伊藤真・著)と「あたらしい憲法草案のはなし」(自民党の憲法改正草案を爆発的にひろめる有志連合《略称・自爆連》・著)を読み、

「この草案通りに憲法が改正されてしまったら、日本はとんでもない国になってしまう」

と空恐ろしくなった。



この「自民党憲法改正草案」のポイントを手短に説明しよう(引用は主に前出「あたらしい憲法草案のはなし」)。

まず憲法の三原則「国民主権・戦争放棄・基本的人権の尊重」を根本的に変える。それぞれを「国民主権の縮小・戦争放棄の放棄・基本的人権の制限」に変えるのだ。


1. 国民主権の縮小

前文の主語を「日本国民」から「日本国」に変え、国の中心を国民ではなく国そのものに変える。天皇を「元首」とし、天皇への崇拝を求める。国旗を日章旗、国歌を君が代と定め、これらへの尊重を義務づける。「国あっての国民であり、国民は国家(≒政府)のやることに従いなさい」というカラーが濃厚なのだ。国民主権から国家主権、国家主義への明白な転換である。


2. 戦争放棄の放棄

「自衛権の発動」を明記し、「国防軍」を創設する。そして国民に国と協力しての領土などの保全義務を課す。これにより「国を挙げての戦争」ができる態勢が整うことになる。しかも国防軍が守るのは、国であって国民ではない。「公の秩序を維持」とは、政府に反対する国民の暴動や反乱を鎮圧することも含まれるからだ(政府、というより安倍首相の判断次第では、ただの反政府デモですら「公の秩序を維持」の名目で国防軍が鎮圧する事態も考えられる)。かの安保闘争の時は警察の機動隊が鎮圧したが、今度は殺傷兵器を装備した国防軍が相手になる可能性がある。そうなるとほぼ確実に死者が出る。「国家のために国民が犠牲になる」これは戦前・戦中の国家体制への引き戻しだ。


3. 基本的人権の制限

基本的人権の条項に「常に公益及び公の秩序に反してはならない」と明記する。反するか否かを決めるのは「公の機関」つまり国家機関だから、「国の意向に逆らうな」と言われているのと同じだ。「公益及び公の秩序の維持」の名の下に、あらゆる国民の活動に国家(≒政府)の横やりや干渉が入る危険性がある。

さらにこの草案では、国民の義務を定めた条項がグンと増える。現行憲法では3つだけ(勤労・納税・教育を受けさせる)なのが、前文を含むと10以上になる。国民の権利を制限して義務を増やす。日本を国家主義体制に造り替え、自らの権力をさらに強大にしようという安倍首相の野望が、ここにもはっきりと見て取れる。


簡単に言うとこの自民党憲法改正草案は、国家権力(≒政府の権力≒首相の権力)を強めるとともに国民の力を弱め、

「この国は我々政府と、官僚や実業界などのトップで動かしていくから、キミたち国民はおとなしくそれに従いなさい。ヘタに逆らうと国防軍に痛い目に会わされるよ」

と全国民に宣言しているものなのだ。時代の流れの針を逆回転させるような、恐るべき案なのである。



日本国民の皆さん、愛すべき母国・日本をこんな国にしたいですか? 明日の選挙で改憲勢力が本当に3分の2を獲得したら、時間の問題で安倍政権はこの憲法改正案の実現に向けて動き始めるだろう。最終的には国民投票に委ねることになるが、ここで阻止することは果たしてできるのか。

これまで日本という国は、はっきり言って政治はダメだが経済の強さを売り物に世界に君臨してきた国だった。しかし「失われた20年」以来、経済がかなり怪しくなり、少子高齢化によって国力の基盤が縮小しつつある。そこに今の安倍政権によって、国民は「ポイント・オブ・ノーリターン」に連れ込まれようとしている。

「政治によって国がおかしくなる」

これは、少なくとも私にとっては、生まれて初めて味わう根本的な危機だ。



明日の投票結果と、これに伴うその後の動きによっては、本気で「日本脱出」を考えなければならないかもしれない。そんな「身の危険」を、今の安倍政権からは感じる。マジでヤバいよ。愛すべき日本国民の皆さん、コレわかってる?


posted by デュークNave at 05:13| Comment(0) | 政治・時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月01日

賢明なる日本国民よ、賢い選択を! 〜 安倍政権NO!シリーズ Vol.2 〜

国民投票でEUからの離脱が決まった時、残留派の多くは

「賢明なるイギリス国民が、こんな愚かな選択をするなんて…」

と嘆いたに違いない。しかしこれと同じような嘆きを、今私は抱きつつある。



来る参議院議員選挙の序盤情勢が発表され、毎日新聞は24日(金)朝刊で、「改憲勢力2/3うかがう」「自民、単独過半数の勢い」と報じた。イギリス国民投票の結果も衝撃だったが、こっちは自国の将来がかかっていることなので、さらに衝撃かつ深刻だ。


私は、以前から不思議に思っていたことがある。

「安倍政権の支持率が依然として高いのはなぜか」

だ。安倍晋三首相がひどい強権政治、独裁政治を行ってきたことは、さほど政治に興味がなくとも、ニュースをチラ見し、新聞の政治欄をチラ読みしただけでわかるはずだ。自民党の憲法改正草案を読んでも、政権奪取以来の安倍政権のやり方を見ても、国家権力=政府の権力を増大させ、政府への批判を抑え、国民の権利を制限し圧迫しようとしているのは明白だ。こんな独裁が猛威を振るう政権を支持しているのはいったいどういう人たちなのか。自分なりに考えてみた。



@ 政権与党を支える「組織」に属している人たち

自民党も公明党も、いわゆる「組織政党」だ。つまりある組織や団体に所属する人は、自分の政治意思にかかわりなく自民党や公明党に投票することを強いられる。まずはこの票田、というより「票塊」が大きな勢力になっているのだろう。


A 「昔から自民党に入れてきたから」という「政治的思考停止状態」にある人たち

いまだに「野球は巨人」という人がいる。これが自分なりに考えて巨人ファンを続けているのならわかるが、単に「子供のころからずっと巨人ファンだったから」という理由でファンを続けている人がいる。特に川上V9を知っている年配の人にこういう人は多いのではないか(ちなみに私は、かつては典型的な「巨人・大鵬・卵焼き」少年であり、その後も巨人ファンを続けていたが、長嶋巨人が「大艦巨砲主義」を始めたころから巨人ファンをやめ、のちにアンチに転じた。今はどちらでもないが、金満球団・巨人が勝つよりはそうではない他の球団が勝った方が面白いので、ゆるいアンチは続いている)。

これと同じノリで、「政治は自民党」という人が、いまだに少なからずいるのではないか(これも年配の人に多いと思われる)。一般に高齢であればあるほど、変化を望まず、保守的・硬直的な考えを持つ人が多い傾向がある。こういう「政治的思考停止状態」にある人たちが、安倍独裁政権をしぶとく下支えしているのではないだろうか。


B 「野党がだらしないから仕方がなく」と消去法で選んでいる人たち

確かに、野党もだらしない。共産党の志位和夫委員長が他の野党に「大同団結」を呼び掛けた時、民主党(当時)ら野党の反応は鈍かった。SEALDsの若者たちが野党の団結を強く要請してようやく選挙協力・候補者の一本化が実現したが、そもそも外部の人たちにハッパをかけられてようやくまとまるというのが情けない。「今度の選挙では絶対に改憲勢力に2/3を取らせてはいけない」という危機意識を、野党の幹部は本気で持っているのか、この経緯を見ても疑問だ。

しかし、だからといって野党を見限って与党を支持し、「3分の2」を与えてしまったら、安倍首相は「待ってました」とばかりに、永年の念願であった憲法改正に邁進するに違いない。日本の皆さん、本当にそれでいいんですか?



このまま安倍政権のなすがままに進めば、どんどん国家権力が強くなり、それに反比例して国民の権利は縮み、義務は拡大する(自民党の憲法改正草案を読めばそれは明らか)。政権批判への圧迫(特にメディアに対する)はますます強まるだろう。もともと息苦しいこの国が、まるで昭和戦前のように、もっと息苦しく、目に見えない圧迫感に覆われていくのは目に見えている。

皆さん、日本をこんな国にしたいんですか? 安倍政権の支持率が高く、今度の選挙でも勝ちそうなのは、「そんなひどいことにはならないだろう」と楽観している人が多いのかもしれない。もしくは、そんなことを考えもしない「政治的思考停止」の人が、やはり多いのかもしれない。



しかし私は、今の安倍政権には、今まで感じたことのない恐ろしさを感じている。

「いったいこいつら、日本をどうするつもりだ? 自国民をどう扱うつもりだ? どんな目に合わせるつもりだ? どこへ連れていくつもりだ?」

こんな切迫した思いは、過去の政権では感じたことがない。いわば動物的な、本能的な危機感を安倍政権に感じるのだ。



来る10日の投票日。その夜の開票結果を見て、私もこう嘆くのだろうか。

「賢明なる日本国民が、こんな愚かな選択をするなんて…」

そうならないことを祈るだけだ。



posted by デュークNave at 04:41| Comment(0) | 政治・時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月19日

3度だまされるほど、日本人は愚かじゃないと信じる 〜 安倍政権NO!シリーズ Vol.1 〜

参議院議員総選挙の告示日を22日に控え、すでに安倍首相を始め各党の党首・幹部は全国遊説に奔走しているようだ。

私は、「この選挙ほど日本の将来のために重要な選挙はない」と思う。今回の選挙は、山口二郎・法政大学法学部教授がいう「ポイントオブノーリターン」に至ってしまうかもしれない、運命の分岐点に立っているのだ。

6月11日付毎日新聞朝刊の社説は、「民主政治を問い直す時」と題して次のように指摘している。


≪安倍首相は今回の選挙について、「アベノミクスを加速させるか、それとも後戻りするか。これが最大の争点だ」と力説した。(中略)だが忘れてならないのは「経済政策を前面に出して信を問う」のは、これまでも繰り返されてきた首相のパターンだということだ。


「繰り返されてきた首相のパターン」その1:2013年の前回参議院選挙で、首相はアベノミクスの「三本の矢」の成果を強調して大勝。しかし選挙直後の臨時国会で安倍政権は、国の安全保障のみならず政権に都合の悪い情報も秘密にして、言論の自由を制限しかねない「特定秘密保護法」を強引に成立させてしまった。

「繰り返されてきた首相のパターン」その2:2014年12月の衆議院選挙で、首相は「景気回復、この道しかない」とアピールし、またも大勝。しかし選挙後、多くの憲法学者が「違憲」と断じ、多くの国民が反対の声を上げていた安保関連法を、またも強引な手法で成立させてしまった。


そして今回。首相はまたもや経済政策を最大の争点としているが、選挙後の最大の狙いが憲法改正であることは明々白々だ(首相や自民党の幹部連中は、「改憲派」が3分の2を占めるように必死で票読みをしていることだろう)。

しかしこれを選挙戦で触れると「票が逃げる」ので、選挙では常に有権者の最大の関心事になる「経済・景気対策」をやたら強調する。これも過去2度繰り返されてきたパターンだ。過去2度の成功に味をしめた首相は、またも同じ「手口」で国民をだまくらかし、国と国民を「ポイントオブノーリターン」に連れ込もうとしている。

こんな見え見えの手口を性懲りもなくまた使うということは、安倍首相は我々国民を完全にバカにしているのだ。「景気、景気って言ってれば、愚かな国民はまた票をくれるよ」とタカをくくっているのだ。


わが愛すべき日本国民よ、もうだまされてはいけない。もし今回安倍首相の思惑通りに与党が勝ち、改憲派が3分の2を占めたら、首相はまたも「白紙委任された」と勝手に解釈して、喜び勇んで憲法改正に走る。自民党の改正憲法草案は、国民の権利を制限し、国家権力を強めることを主眼としているのが明々白々だ。目先の景気対策に目がくらんで安倍政権を勝たせ、こんな憲法改正がなされてしまったら、まさに「ポイントオブノーリターン」。自分のみならず、子々孫々にまで暗い影を落とす、取り返しのつかない事態を招いてしまう。

「2度あることは3度ある」は絶対に阻止しなければならない。3度だまされるほど日本人は愚かじゃないと信じる。今回の選挙で「3度目の正直」を実現しよう。


posted by デュークNave at 04:35| Comment(0) | 政治・時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月17日

舛添都知事辞職−正解だが、これも与党の参議院選挙対策の一環

舛添要一東京都知事が「やっと」辞職を表明した。これは2つの意味でぎりぎりのタイミングだった。

@ リオ五輪の閉会式に出席させないため

本人は最後まで「リオ五輪が終わるまで猶予をいただきたい」と粘っていたが、これは東京都民からすればとんでもないことだった。オリンピックという世界最大のスポーツの祭典、そのフィナーレを飾る閉会式での、次回開催地への五輪旗の受け渡し。世界中が注目するこのイベントに、公私混同で泥まみれになり、都民の非難ゴウゴウを浴びている輩が都を代表して出席するなど、「都の恥」ひいては「日本の恥」を全世界にさらすようなものだ。都民でありスポーツをこよなく愛する私にとってもこれは許しがたく、「ふざけるな、とっとと辞めろ!」と思っていた。

やっと辞めてくれたことにより、都知事選は7月14日告示・31日投票の運びになった。これで8月5日開幕・21日閉幕のリオ五輪に、ぎりぎりだが間に合う。「日本の恥」を世界にさらさなくてよかった…!


A 来る参議院選挙への悪影響を与党が懸念したため

7月10日投票の参議院議員総選挙。週明けの22日に告示を控え、選挙戦が本格化しようとしている。この最中に、与党・自民党と公明党が強く支持して当選した舛添氏がこのまま知事の椅子に座り続けることは、与党への非難が高まり、選挙にも悪影響が出ることが十分予想された。

自民党の都議連はそれでも日を延ばしたかったようだが、党の中央からの強い圧力がかかり、ついに公明党とともに不信任決議案を提出することになった。野党のみならず、与党も加わっての全会一致の不信任決議案提出。これは国政を含めても前代未聞の事態だった。


もしあのまま不信任決議案が決議され、都議会解散・選挙などという事態になったら、舛添氏はさらなる非難ゴウゴウを浴び、まさに「国賊」扱いされていただろう。このぎりぎりのタイミングで決断したのは、今後の自身の政治生命を考えてのことだったに違いない。結局この人は、最後まで自分のことしか考えなかったのだ。

この人については言いたいことは山ほどあるが、それを追及するとこっちも「泥まみれの世界」に引きずり込まれてしまうので、ここではやめておく。あとは引き続き文春さんあたりにお任せしよう。


さて、低レベルの騒動もとりあえずは決着し、来週からは本格的な選挙戦が始まる。ここからの3週間、私は「安倍政権にだまされるな、ごまかされるな!」と叫び続ける。ご興味のある方は、これからの「安倍政権NO!シリーズ」をご愛読下さい。

posted by デュークNave at 05:54| Comment(0) | 政治・時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月12日

「安倍晋三が<日本>を壊す この国のかたちとは−山口二郎対談集」

日本の将来を決定づけるかもしれない、「運命の参議院議員総選挙」の公示が1週間後に迫ってきた。今日から投票日の7月10日までの4週間は、主に日本の政治、特に「安倍政権のこれまでとこれから」について集中的に取り上げたい。

タイトルの著書は、法政大学法学部教授・山口二郎氏が、7人の識者と安倍政権について対談した内容をまとめたものである。それぞれの対談のポイントについてはおいおい述べるとして、ここではまず、その総まとめである「終章 民主政治の危機と好機」のポイントを紹介したい(≪ ≫は引用部分)。


≪このまま安倍政権の好き放題を許していては、戦後の民主政治と人々の生活が取り返しのつかないまでに破壊されるのではないか、2016年の参議院選挙でこれを止めることができなければ、この年は日本の民主政治にとってのポイントオブノーリターンになるのではないかという危機感が、すべての論者に共通している。≫


終章の冒頭に記されたこの文章。実に恐ろしい表現だが、これは決して大げさではなく、本当に今度の選挙はこういう「運命の分岐点」にあるのだ。

(「今日から4週間は安倍政権について集中的に取り上げたい」としたのは、この状況に1人でも多くの日本国民に気づいてほしいという強い願望があったからだ)


1 アベ化する世界−民主政治の世界的危機


≪他者に対する敬意を欠いた自己愛過剰の政治家が権力を奪取し、あらゆる規範や常識を無視して権力を行使することによって自分の目的を追求する、という現象を「アベ化」と名付けるならば、既遂、未遂を含めて、世界中でアベ化が進行している。≫


「アベ化」の典型例として著者は、アメリカ大統領選挙の共和党候補、ドナルド・トランプや、つい最近までイタリア政治を牛耳っていたメディア王・ベルルスコーニを挙げている。また欧州で極右政党が勢力を拡大しつつあることも、「アベ化」進行の一例と言えるだろう。


≪一連の現象は、民主政治の脆さを示している。民主政治はいくつかの壮大な虚構(fiction)あるいは建て前の上に成り立っている。人間は知的能力、経済力、情報量などにおいてさまざまである。それらに関する違いを一切無視して、すべての人間は平等であるとみなし、人々の投じた票を同じ価値として計量するというのは、フィクションの極みである。(中略)民主政治あるいは文明社会は、人間が他者と接する社内生活を営むときには劣情を抑え込み、崇高な性格を表に出すという建前の上に存在する。この前提が崩壊すれば、民主主義も崩れ去る。

≪建て前が成立するためには、さらにその下に前提条件があった。(中略)生活の安定がなければ、他社の尊重だの人間の尊厳だのと建て前を唱える余裕はない。(中略)グローバル化が世界を席巻したこの20年ほど、心身両面の基盤が破壊されてきた。(中略)このような状況では、民主政治の依拠する脆い前提の虚構性をあげつらい、人々の劣情を煽るところに政治的好機を見出すデマゴーグが出現するのも当然である。今、民主政治は1930年代以来の危機に直面しているということもできる。≫

≪こうした共通性の中で、さらに本家日本のアベ化の特徴は何か。
第一は歴史の忘却、あるいは自己中心的な捏造と建て前の否定が結びついている点である。(中略)憲法の縛りから自由な国家権力を現出させること(集団的自由権の行使容認はその典型)は、憲法の正当性を否定することであり、それが、アベ化の大きなテーマとなる。建て前の否定が、建て前の成立以前に存在していた古い国家形態の正当化と連動するのが安倍政権の特徴である。

第二は責任の不在である。(中略)日本の場合、権力を正面から振りかざして建て前を壊す、あるいは建て前を守ろうとする人々を抑圧するという形を取るとは限らない。むしろ、建て前を自発的に放棄するよう仕向けるところに権力を発揮することが多い。最近の放送メディアに対する威嚇はその典型である。(中略)報道だけではなく、学校や社会教育など様々な世界で、同調圧力による建て前の放棄という現象が進む。

もちろん、安倍政権が今までの自民党政権にないほど、直接的、恣意的に権力を行使していることは確かである。(中略)しかし多くの場合、人々は自発的に自由を制約しているのであり、命令の発出主体が見えないという意味で、権力の中心が空虚であるということもできる。責任不在の日本において、巨大な権力は中空構造に見えるというパラドクスがある。



さまざまなジャンルに有言・無言の圧力を加えている安倍政権。ただでさえ「失われた20年」で閉塞感と息苦しさを味わってきた我々日本人は、今さらに「政治的息苦しさ」を味あわされ、また自ら縮んでいる。このまま行ったら日本は、そして日本人はどうなってしまうのか。


2 日本の民主化というプロジェクトの途上


≪確かに、昔の自民党には派閥が跋扈し、反主流派は総理・総裁の足を引っ張った。(中略)しかし、派閥政治には金権腐敗という大きな害悪があり、これを克服するために1990年代に選挙制度改革や政党助成金制度を実現した。政党の中央集権化は、改革の際に意図した結果である。問題は、集権化された政党の上に、人口減少や経済構造の転換という本来の政策課題に対応する的確なリーダーシップが形成されているのではなく、時代錯誤的なナショナリズムを鼓吹する独裁的なリーダーが君臨していることである。

≪金権腐敗の派閥政治と決別したことは、これからの政治を考える際の前提である。新しい病弊に対してはその都度粘り強く治療を試みるしかない。(中略)今の安倍政権は、公明党との連立なしにはあり得ないものであり、昔の自民党政権と比べれば、脆い基盤の上に載っている。(中略)55年体制の崩壊という地点からの政治の動きを日本の民主化と見るならば、少しずつではあるが民主化は進んでいると評価することができる。

≪安倍政治は「逆行」である。(中略)しかし、民主化の中の一つの段階と考えるならば、この逆行を食い止めることについて、絶望感を抱かなくても済むだろう。
 前進と逆行のせめぎあいは今も続いている。2015年の安保法反対運動も、前進の動きの現れであった。この運動は、日本に新しい政治文化をもたらしたということができる。(中略)一言で言えば、民主主義を支える能動的な主体がようやく日本にも出現したということである。
 (中略)自民党政治は「公共的なるものへの無関心を伴った服従」の上に立脚してきた。(中略)自己の主張を圧殺したうえで、社会の多数派、主流派への同調を求めるという文脈で、公共性を重んじよという説教が行われたのである。
 2015年安保では、人々は自分たちが生きる社会にとっての公共性を自ら探し求めて、立ち上がった。(中略)集団的自衛権の行使や安保法制の制定は、安倍首相が自らの私的な願望を実現するために企てたものであった。その意味で、公共性を欠く立法であった。これに対して、人々は今の日本にとっての公共の利益は何かを考え、それを守るために行動を起こしたのである。(中略)議会や政党政治の外側における市民の運動が野党を変え、選挙協力を実現させたというのは、日本の政党政治の歴史の中でも、画期的な出来事である。



かつての派閥政治・金権政治はもうまっぴらだ。しかし、今の安倍独裁政治はそれ以上にひどい。私は生まれてこの方、これほど国家と国民を危ないことに巻き込もうとする政権は見たことがないし、これほど傍若無人に振る舞う総理大臣も見たことがない。私の知る限り、安倍晋三という男は「戦後最悪の総理大臣」なのだ。こんな政権にこれ以上力を与えてはいけない。来る参議院選挙では、野党同様我々有権者も、「反・安倍政権」で一致団結し、何としても安倍首相が目論む憲法改正を阻止しなければならない。さもないと、まさに「ポイントオブノーリターン」に追い込まれることになるのだ。

しかしシニカルに考えれば、こうして安倍政権がやりたい放題のムチャクチャをやったおかげで、SEALDsをはじめとする多くの若者や市民が政治に目覚め、行動を起こしたのだから、安倍強権政治、いや「狂犬」政治も悪いことばかりではないとも言える。後世の政治学者が今の時代を振り返った時、「安倍強権政治は、皮肉にも日本に真の民主化をもたらすトリガーとなった」と語ることになるかもしれない。

しかしそれも、今度の参議院選挙で改憲勢力に「3分の2」を与えないことが大前提だ。この選挙はまさに日本の将来の「分水嶺」なのだ。


ちょっと長くなったので、「3 よい社会のイメージを広げる」については後日述べさせていただく。

posted by デュークNave at 08:42| Comment(0) | 政治・時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする