どん底にあっても自ら命を絶つまでは至らず、酒に溺れることもなかった。
ギリギリで自分を支えてくれたのは、子供の頃から大好きなものたちだった。
ずっと自分の大好きなものは、「人生の縁の下の力持ち」になる。
(1)歴史:学習漫画をきっかけに大好きになり、受験でも大得意科目。今も大好き継続中
【 マンガのおかげで日本の歴史にのめりこむ 】
私が小学4年生の時だった。学校から帰ると、自分の部屋の本棚にハードカバーの本がズラッと並んでいた。「学習漫画 日本の歴史」全18巻(集英社)。これが私の歴史との付き合いの始まりだった。
私は子供の頃からマンガ大好き少年で、親も私のマンガ好きを見てこれを買ってくれたんだろう。ただいくらマンガ好きでも、頭に「学習」とついている。「何やら難しいことが書いてあるんじゃないのかな。」こういぶかりながら、私は第1巻のページをめくった。
ところが、これがものすごく面白かった。毎日夢中になって読み続け、あっという間に全18巻を読み終えてしまった。その後も何度も読み返し、マンガの画面はしっかり目に刻まれ、ストーリーは頭に定着した。そして歴史上の人物の名前やさまざまな事件名なども、何の苦もなく覚えてしまったのだ(しかもちゃんと漢字で!)。マンガの力、恐るべしである。
これ以来、私は歴史が大好きになり、学校でも得意科目になった。小学6年の時社会科で初めて日本の歴史を習ったが、すでに基礎知識は身についていたので、お茶の子さいさいでこなすことができた(鎌倉幕府の成立を習った頃、休み時間にクラスの友だちとトイレに行く時、「便所(これを「べんどころ」と呼んだ)、政所、侍所に行こうぜ」なんて冗談を言っていたのを思い出す。こういう覚え方だと一生忘れないね)。
【 プラモデルと本から戦争について学ぶ 】
太平洋戦争の頃の日本海軍の軍艦や飛行機に興味を持ち、プラモデルを作り始めたのもこの頃だ。軍艦は「ウォーターラインシリーズ」という、船底を喫水線でカットした700分の1スケールのシリーズがあり、戦艦・空母・巡洋艦・駆逐艦・潜水艦と、むさぼるように作りまくった。プラカラーを使ったペインティングもかなりマメにやり、空母の艦載機を細かく塗装し、甲板のラインの両側にセロテープを張り、白く塗っていくのが楽しかった。
全部同じスケールだったので、軍艦の大きさを比較できたのも面白かった。戦艦大和や武蔵がどんなに巨艦だったかもよくわかったし、3番艦として建造された信濃が途中から空母に改造され、張られた甲板が他の正規空母と比べてケタ違いに大きいのにも驚いた。艦尾に飛行甲板を張った「航空戦艦」伊勢や「航空巡洋艦」最上も、そのユニークさに興味津々で作った。シリーズにはその後アメリカやイギリス、ドイツの艦船も加わり、米空母エンタープライズやレキシントン、英空母アークロイヤルや英戦艦プリンス・オブ・ウェールズ、独戦艦ビスマルクなども作った。
飛行機は、当時1機100円で買えるシリーズがあったので(当時は消費税などもちろんなかったので、100円ポッキリで買えた 笑)、ゼロ戦(一一型から五二型まで、さまざまな型式をそろえた)、九七艦攻、九九艦爆、彗星、紫電改、飛燕、雷電などの日本の航空機や、ヘルキャット、サンダーボルト、ドーントレス、ウォーホーク、コルセア、ムスタング、ライトニングなどのアメリカの航空機、メッサーシュミットやスピットファイアなどのヨーロッパの航空機も作った。これらの飛行機のペインティングも、艦船と同じように丁寧にやった。これも楽しかった。
これらの艦船のプラモデルには、太平洋戦争での戦歴がくわしく書かれていて、これも興味深く読んだ。そうなると太平洋戦争そのものにも興味が沸いてきて、中学になると「写真で見る太平洋戦争」というジュニア向けのシリーズを読み始めた。読んだのは「真珠湾攻撃」「ゼロ戦と隼」「空母」「大和と武蔵」「神風特攻隊」の5冊だったが、写真や図表が多かったので中学生にもわかりやすく、かなりのめりこんだ。この中で一番面白かったのは、太平洋戦争で主力となった空母と航空機の戦いを描いた「空母」だ。実は去年、突然思い立ってこの本を買おうと思いアマゾンをチェックしたら、思いのほか簡単に手に入った。懐かしさに浸りながら、40余年ぶりの再会を楽しんだ。
こうして書いているうちに、シリーズで読んでいなかった第2巻「シンガポール攻略戦」を読みたくなり、速攻でアマゾンに注文してしまった(笑)。他は太平洋を舞台にした海戦ばかりだったのだが、この本は、「マレー沖海戦」についても描かれているが、「マレー進撃作戦」と「パレンバンの空挺作戦」という陸戦についても描かれている。戦車を使った作戦や落下傘降下による占領作戦は読んだことがなかったので、とても新鮮で興味深かった。「ジュニア向け本、侮るべからず!」だ。
…しかしこの歳になると、戦争の本を子供の頃のような興奮だけでは読めなくなる。戦争では、どんな小さな戦いでも必ず犠牲者が出るからだ。このシンガポール攻略戦も、「マレーの虎」山下奉文司令官(陸軍中将)がイギリス軍のパーシバル司令官に「全面降伏、イエスかノーか!」と迫ったことで有名な、日本陸軍の快勝劇なのだが、そんな勝ち戦さにも戦死者はいる。兵士にとっては1つしかないかけがえのない命なのだが、戦場では「ワンノブゼム」で片づけられてしまうのだ。これは横山光輝さんの「三国志」を読んだ時も思った。敵の城を攻める時、相手の防御態勢を調べるために先遣隊を派遣して軽く攻めるのだが、こんな小手調べの戦いでも必ず死者は出る。その人の人生が奪われ、妻子は大黒柱を失う。戦さ全体から見れば些細なことが、兵士個々人にとっては重大事なのだ。
だから思う。「戦争は、やはり絶対悪だ」。戦争に正義の戦いなどはない。平和主義に積極的も消極的もない。「どアホノミクスの大将」が唱える「積極的平和主義」とは、「『平和をもたらす』を旗印に正義の戦いを仕掛ける」ことなのだろうが(これを国会で本人に正した野党議員はいるのか?)、こんなことは絶対にやってはいけない。戦争で犠牲になるのは、戦地で戦う若い人であり、空襲を受ける一般市民だ。指揮する連中は、かつての大本営のように、安全な場所にこぞって逃げ込む(国会議事堂の地下には核シェルターがあるらしい)。永田町の連中が憲法改正をもくろむのは、自分たちは戦争の犠牲にならずに済むからであり、要するに切実な当事者意識、危機感に欠けているのだ。こんな連中に、この国の行く末は到底任せられないな。
余談が、過ぎた。(司馬遼太郎風)我が「歴史回想」に戻ろう。
【 その後も大好き・大得意は続く:受験でも大きな力に 】
こうしてプラモデルと本にのめりこみながら、中学2年の社会科で再度日本の歴史を習った。我が歴史好きはさらに磨き上げられており、これも楽勝。2学期の中間試験では学年で唯一の100点を取り、先生が「こ〜んな難しいテストなのに100点がいます」とクラスで発表してくれた(これちょっと、いやかなりの自慢 笑)。
さらに、中学3年で観たNHK大河ドラマ「国盗り物語」にはかなりハマった。平幹二朗の斎藤道三、伊丹十三の足利義昭、高橋英樹の織田信長、近藤正臣の明智光秀、日野正平の羽柴秀吉。それぞれがすばらしかった(特に日野さんの秀吉は「猿」にピッタリで、まさにハマリ役だった)。本能寺の変での信長の戦闘シーンのものすごい迫力と、最後の自決シーンの静寂さとのコントラストも強烈に印象に残ったし、秀吉との山崎の合戦に敗れた光秀が、落ち武者狩りの農民の竹槍に討たれ、名もない村の竹藪の中で息絶えるシーンも脳裏に焼きついた。
(この「国盗り物語」、今はDVDを購入して持っており、いつでも観られるようにしている。観るたびに、我が中学時代の興奮が蘇る思いがする)
高校に入ってからも、この「歴史大好き・絶好調」の勢いは止まらなかった。2年で世界史、3年で日本史を習ったが、ともに大得意科目。3年の時は1人で勝手に「世界史協会」を立ち上げ、大学の過去問問題集からピックアップしてクラスの有志を対象に模擬試験を実施し、採点して講評を教室に貼り出すという、今思えば、受験生でありながら予備校の講師のようなこともやっていた。
当然大学受験の社会科も、国立は世界史と日本史、私立は日本史で受験した。一浪はしたが、めでたく第一志望の大学に合格することができた。マンガから始まった私の歴史好きは、大学受験にも大きな力を与えてくれたのだ。
今思えば、こんなに歴史が好きなら、大学でも史学を専攻してその道に進めばよかったんじゃないかと思う(一時それも考えた)。しかし「歴史を仕事にする」となると、大学教授になるなんてかなり狭き門なので、社会科の先生になるのが普通だが、正直自分はあまり先生には向かないと思ったので、結局この道は真剣には考えず、趣味のレベルにとどまった。
(続く)
2021年01月05日
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