2016年07月24日

「日本は…駄目だ」 〜「3分の2」をいとも簡単に許した、この国の人たち〜

東京都知事選挙の投票日が1週間後に迫ってきたが、都民のくせに私は、正直ほとんど関心が持てない(投票には行くけど)。10日に投票が行われた参議院議員選挙の結果とそれをもたらした内実にあきれ果てていて、「日本の政治はどんどんダメになっているけど、もっとダメになっているのは選挙民、国民の方だ」という絶望感にさいなまれているからだ。


【 「3分の2ってなに?」の衝撃 】

選挙直後の毎日新聞夕刊。いつも愛読している与良正男・専門編集委員の「熱血! 与良政談」の記事は衝撃だった。選挙戦のさなか、高知新聞の記者が高知市内で街を歩く100人に「3分の2とは何のことか」と聞くと、83人が全く知らなかったという。さらに毎日新聞が投票日の10日に行った全国アンケートでも、6割近くの人がこのキーワードを知らなかったというのだ。

「3分の2」については、新聞各紙が選挙戦のさなかの情勢分析で何度か1面トップの大見出しで報道していたから、新聞をチラリとでも読んでいれば知らないはずがない。一方テレビではほとんど触れていなかったらしく、与良氏は「知らせようとしなかった罪は深い」と指摘し、「愚民政治=人民に政治意識を持たせず、支配者の言いなりになるようにさせる政治」になりつつあるこの国の政治に嘆息している。

与良氏は、「知らせる側」にいる立場から「自らの発信力の乏しさに情けなくなる」と責任を痛感しているようだが、「知る側」にいる私に言わせれば、過半数の人間が「3分の2」を知らなかったという、「知る側」の意識の低さがそもそも問題だと思う。メディアを圧迫したり「改憲隠し」したりする安倍政権のやり方にも大いに問題はあるが、それを無批判に、というより無関心に受け流してしまう日本国民の、相変わらずの政治意識の低さが根本的な大問題なのだ(今回の投票率も54.70%と、相変わらずの低さだった)。


【 ここまできたか、この国と国民の「政治的ダメさ加減」 】

この国が政治的にダメなのは今に始まったことではないが、ついに国も国民もトコトン全くダメになってしまったようだ。私は「一社会人として、政治にも一定の関心を持っていなければならない」と自覚して今まで生きてきた。しかしこの国においては、政治意識を持てば持つほどイラつきが増すばかりで、精神衛生上非常によくない(特に安倍政権になってからこの傾向が顕著だ)。

明治末期、大逆事件で死刑判決を受けた幸徳秋水らが、判決からわずか6日後に死刑執行されたことを知った石川啄木は、「日本は…駄目だ」と嘆息した。これと同じ嘆きを、今私は抱いている。「日本は…駄目だ。少なくとも政治は」


【 これからは政治以外の「日本のいいところ」をのみ見ていく 】

この国と国民のすべてを突き放すわけじゃない。文化や民族性の面ではすばらしい点がたくさんある。でも政治的には、もうほとんどダメなようだ。

「選挙には行くが、この国と国民は政治的にはアテにしない」

これがこれからの、私の日本政治に対するスタンスだ。そしてこれからは、日本と日本人の美点にのみ注目し、掘り下げる。それと同時に、自分自身もさまざまな点で知識や能力を向上させる。こうすることで、日本人としての誇りを取り戻したい。政治面に目をつぶれば、この国は世界有数の魅力あふれる国であることは確かなのだから。


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2016年07月09日

皆さん、このまま安倍政権にやらせたら、マジでヤバいよ! 〜 安倍政権NO!シリーズ Vol.3 〜

もう、こんな記事を書く気力も失われつつある。6日(水)付毎日新聞朝刊、1面トップは参議院議員選挙の中間状況報告・第二弾。「改憲勢力3分の2の勢い」は相も変わらない。ただ4割が「まだ誰に投票するか決めていない」ので情勢は流動的、というのも前回(6月24日)の中間状況報告・第一弾と同じだ。

しかし「情勢は流動的」といいながら、結局はこの中間状況とさほど変わらない結果になるのが、第二次安倍政権発足から3度経てきた国会議員選挙の「通例」だ。ということは明日の投票結果も、結局は「改憲勢力に3分の2を許す」ことになるのが濃厚な情勢ということだ。


日本国民は、安倍政権が目指す「改憲」がどういう内容のものなのかわかっているのだろうか。私は「赤ペンチェック 自民党憲法改正草案」(伊藤真・著)と「あたらしい憲法草案のはなし」(自民党の憲法改正草案を爆発的にひろめる有志連合《略称・自爆連》・著)を読み、

「この草案通りに憲法が改正されてしまったら、日本はとんでもない国になってしまう」

と空恐ろしくなった。



この「自民党憲法改正草案」のポイントを手短に説明しよう(引用は主に前出「あたらしい憲法草案のはなし」)。

まず憲法の三原則「国民主権・戦争放棄・基本的人権の尊重」を根本的に変える。それぞれを「国民主権の縮小・戦争放棄の放棄・基本的人権の制限」に変えるのだ。


1. 国民主権の縮小

前文の主語を「日本国民」から「日本国」に変え、国の中心を国民ではなく国そのものに変える。天皇を「元首」とし、天皇への崇拝を求める。国旗を日章旗、国歌を君が代と定め、これらへの尊重を義務づける。「国あっての国民であり、国民は国家(≒政府)のやることに従いなさい」というカラーが濃厚なのだ。国民主権から国家主権、国家主義への明白な転換である。


2. 戦争放棄の放棄

「自衛権の発動」を明記し、「国防軍」を創設する。そして国民に国と協力しての領土などの保全義務を課す。これにより「国を挙げての戦争」ができる態勢が整うことになる。しかも国防軍が守るのは、国であって国民ではない。「公の秩序を維持」とは、政府に反対する国民の暴動や反乱を鎮圧することも含まれるからだ(政府、というより安倍首相の判断次第では、ただの反政府デモですら「公の秩序を維持」の名目で国防軍が鎮圧する事態も考えられる)。かの安保闘争の時は警察の機動隊が鎮圧したが、今度は殺傷兵器を装備した国防軍が相手になる可能性がある。そうなるとほぼ確実に死者が出る。「国家のために国民が犠牲になる」これは戦前・戦中の国家体制への引き戻しだ。


3. 基本的人権の制限

基本的人権の条項に「常に公益及び公の秩序に反してはならない」と明記する。反するか否かを決めるのは「公の機関」つまり国家機関だから、「国の意向に逆らうな」と言われているのと同じだ。「公益及び公の秩序の維持」の名の下に、あらゆる国民の活動に国家(≒政府)の横やりや干渉が入る危険性がある。

さらにこの草案では、国民の義務を定めた条項がグンと増える。現行憲法では3つだけ(勤労・納税・教育を受けさせる)なのが、前文を含むと10以上になる。国民の権利を制限して義務を増やす。日本を国家主義体制に造り替え、自らの権力をさらに強大にしようという安倍首相の野望が、ここにもはっきりと見て取れる。


簡単に言うとこの自民党憲法改正草案は、国家権力(≒政府の権力≒首相の権力)を強めるとともに国民の力を弱め、

「この国は我々政府と、官僚や実業界などのトップで動かしていくから、キミたち国民はおとなしくそれに従いなさい。ヘタに逆らうと国防軍に痛い目に会わされるよ」

と全国民に宣言しているものなのだ。時代の流れの針を逆回転させるような、恐るべき案なのである。



日本国民の皆さん、愛すべき母国・日本をこんな国にしたいですか? 明日の選挙で改憲勢力が本当に3分の2を獲得したら、時間の問題で安倍政権はこの憲法改正案の実現に向けて動き始めるだろう。最終的には国民投票に委ねることになるが、ここで阻止することは果たしてできるのか。

これまで日本という国は、はっきり言って政治はダメだが経済の強さを売り物に世界に君臨してきた国だった。しかし「失われた20年」以来、経済がかなり怪しくなり、少子高齢化によって国力の基盤が縮小しつつある。そこに今の安倍政権によって、国民は「ポイント・オブ・ノーリターン」に連れ込まれようとしている。

「政治によって国がおかしくなる」

これは、少なくとも私にとっては、生まれて初めて味わう根本的な危機だ。



明日の投票結果と、これに伴うその後の動きによっては、本気で「日本脱出」を考えなければならないかもしれない。そんな「身の危険」を、今の安倍政権からは感じる。マジでヤバいよ。愛すべき日本国民の皆さん、コレわかってる?


posted by デュークNave at 05:13| Comment(0) | 政治・時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月01日

賢明なる日本国民よ、賢い選択を! 〜 安倍政権NO!シリーズ Vol.2 〜

国民投票でEUからの離脱が決まった時、残留派の多くは

「賢明なるイギリス国民が、こんな愚かな選択をするなんて…」

と嘆いたに違いない。しかしこれと同じような嘆きを、今私は抱きつつある。



来る参議院議員選挙の序盤情勢が発表され、毎日新聞は24日(金)朝刊で、「改憲勢力2/3うかがう」「自民、単独過半数の勢い」と報じた。イギリス国民投票の結果も衝撃だったが、こっちは自国の将来がかかっていることなので、さらに衝撃かつ深刻だ。


私は、以前から不思議に思っていたことがある。

「安倍政権の支持率が依然として高いのはなぜか」

だ。安倍晋三首相がひどい強権政治、独裁政治を行ってきたことは、さほど政治に興味がなくとも、ニュースをチラ見し、新聞の政治欄をチラ読みしただけでわかるはずだ。自民党の憲法改正草案を読んでも、政権奪取以来の安倍政権のやり方を見ても、国家権力=政府の権力を増大させ、政府への批判を抑え、国民の権利を制限し圧迫しようとしているのは明白だ。こんな独裁が猛威を振るう政権を支持しているのはいったいどういう人たちなのか。自分なりに考えてみた。



@ 政権与党を支える「組織」に属している人たち

自民党も公明党も、いわゆる「組織政党」だ。つまりある組織や団体に所属する人は、自分の政治意思にかかわりなく自民党や公明党に投票することを強いられる。まずはこの票田、というより「票塊」が大きな勢力になっているのだろう。


A 「昔から自民党に入れてきたから」という「政治的思考停止状態」にある人たち

いまだに「野球は巨人」という人がいる。これが自分なりに考えて巨人ファンを続けているのならわかるが、単に「子供のころからずっと巨人ファンだったから」という理由でファンを続けている人がいる。特に川上V9を知っている年配の人にこういう人は多いのではないか(ちなみに私は、かつては典型的な「巨人・大鵬・卵焼き」少年であり、その後も巨人ファンを続けていたが、長嶋巨人が「大艦巨砲主義」を始めたころから巨人ファンをやめ、のちにアンチに転じた。今はどちらでもないが、金満球団・巨人が勝つよりはそうではない他の球団が勝った方が面白いので、ゆるいアンチは続いている)。

これと同じノリで、「政治は自民党」という人が、いまだに少なからずいるのではないか(これも年配の人に多いと思われる)。一般に高齢であればあるほど、変化を望まず、保守的・硬直的な考えを持つ人が多い傾向がある。こういう「政治的思考停止状態」にある人たちが、安倍独裁政権をしぶとく下支えしているのではないだろうか。


B 「野党がだらしないから仕方がなく」と消去法で選んでいる人たち

確かに、野党もだらしない。共産党の志位和夫委員長が他の野党に「大同団結」を呼び掛けた時、民主党(当時)ら野党の反応は鈍かった。SEALDsの若者たちが野党の団結を強く要請してようやく選挙協力・候補者の一本化が実現したが、そもそも外部の人たちにハッパをかけられてようやくまとまるというのが情けない。「今度の選挙では絶対に改憲勢力に2/3を取らせてはいけない」という危機意識を、野党の幹部は本気で持っているのか、この経緯を見ても疑問だ。

しかし、だからといって野党を見限って与党を支持し、「3分の2」を与えてしまったら、安倍首相は「待ってました」とばかりに、永年の念願であった憲法改正に邁進するに違いない。日本の皆さん、本当にそれでいいんですか?



このまま安倍政権のなすがままに進めば、どんどん国家権力が強くなり、それに反比例して国民の権利は縮み、義務は拡大する(自民党の憲法改正草案を読めばそれは明らか)。政権批判への圧迫(特にメディアに対する)はますます強まるだろう。もともと息苦しいこの国が、まるで昭和戦前のように、もっと息苦しく、目に見えない圧迫感に覆われていくのは目に見えている。

皆さん、日本をこんな国にしたいんですか? 安倍政権の支持率が高く、今度の選挙でも勝ちそうなのは、「そんなひどいことにはならないだろう」と楽観している人が多いのかもしれない。もしくは、そんなことを考えもしない「政治的思考停止」の人が、やはり多いのかもしれない。



しかし私は、今の安倍政権には、今まで感じたことのない恐ろしさを感じている。

「いったいこいつら、日本をどうするつもりだ? 自国民をどう扱うつもりだ? どんな目に合わせるつもりだ? どこへ連れていくつもりだ?」

こんな切迫した思いは、過去の政権では感じたことがない。いわば動物的な、本能的な危機感を安倍政権に感じるのだ。



来る10日の投票日。その夜の開票結果を見て、私もこう嘆くのだろうか。

「賢明なる日本国民が、こんな愚かな選択をするなんて…」

そうならないことを祈るだけだ。



posted by デュークNave at 04:41| Comment(0) | 政治・時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする